こうした指摘を受け、その指摘を謙虚に受け止めたとき、そのプロフェッショナルは、初めて「スキル倒れ」という言葉の意味を掴み、一流のプロフェッショナルへの道を歩み始めるのであろう。すなわち、もし、プロフェッショナルの高度な能力に「奥義」と呼ぶべきものがあるとすれば、それは、「技術の在り方」ではなく、その技術の奥にあるべき「心の置き所」に他ならない。昔から、日本では、職人や芸人の道、剣や弓の道は、「技を磨く」「腕を磨く」という道から始まり、自然に「心を磨く」「人間を磨く」という道へと深まっていくが、その理由は、この一点にある。
では、なぜ、我々は、プロフェッショナルをめざすとき、しばしば、「技術の在り方」に目を奪われ、「心の置き所」に目を向けることを忘れてしまうのか?実は、忘れてしまうのではない。無意識に避けてしまうのである。なぜなら、「心の置き所」に目を向けることは、自身の心の中の不安や恐怖、傲慢や驕りに目を向けることであり、それは、自身の心の中の「小さなエゴ」の姿を直視する、苦痛を伴うプロセスでもあるからである。
そのエゴを見つめる「静かな自分」が生まれてきたとき、我々は、「奥義」の一端を掴み始める。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)GACメンバー。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。近著に『人間を磨く』『人生で起こること すべて良きこと』 tasaka@hiroshitasaka.jp