ビジネス

2016.08.09

元モルガン・スタンレーの秘密兵器、「規格外ファンド」の全貌

ピーターミュラーとPDTパートナーズの社員たち(photograph by David Yellen)


12年の大晦日、ミュラーはPDTパートナーズ社として、独立。モルガン・スタンレー内で運用していた全ての資金を新会社に移した。その際、ミュラーと共に独立したのは資金と知的財産だけではない。80人いたスタッフ全員がついてきたのだ。恵まれたスタートを切ることができたPDTは、社員を倍増させながら、順調に成長していった。

ただ、ミュラーの目指すモデルづくりができる人材を探すのは、実に難しい。ビッグデータや人工知能(AI)など最新のテクノロジーがビジネスの原動力となるクオンツ業界では、トッププログラマーや数学者の争奪戦が行われているため、リクルーティング方法の差別化が重要だ。博士号を持つエリート人材を惹きつけるために、数千万ドルの初任給を約束することが、いつでも正解とは限らない。例えば、リサーチャーのジョン・サン(30)には、MIT(マサチューセッツ工科大学)での博士号取得目前に、マラーの片腕としてリクルーティングを長らく担当しているユーニス・バエクから、あるメールが届いた。

「PDTのスタッフは『ロード・オブ・ザ・リング』のようなSF小説、『カタンの開拓者たち』のようなボードゲームも大好きです」

山ほど届くリクルーティングのメールをいつもは無視するサンも、このメールに興味をそそられて、PDTの採用試験に参加した。ミュラーや他の役員らによって、週末の36時間をかけてじっくりと実施される採用試験では、参加者はモデリングに関する面接や、アルゴリズムに関する問題をチームで解くゲームなどが課される。

そうしたプロセスを経て採用された精鋭を含め、PDTでは現在35人の研究者が、資産の種類と投資期間で分類された5つの開発チームに分けられ、アルゴリズム開発に没頭している。新しい投資モデルの開発は、通常2週間の集中作業で立ち上げられることが多いが、プロジェクトによっては1年以上かかるものもあるなど、他社とは比べものにならないこだわりを持っている。

リサーチ・チーフのトゥシャール・シャーは「トヨタ車をたくさんつくるよりも、少数のフェラーリをつくりたいと思っている」と、話す。

”数学界のトップアスリート”である彼らのために、会社のオフィスは快適さを重視。特殊な丸みを持たせたガラスの壁をオフィスに導入し、音の反響を抑えた静かな環境を整えた。一方、その静かな空間から一歩出ると、数式だらけのホワイトボードのある会議室やキッチンがあり、隣には卓球台やテーブルフットボール台が置かれている。この恵まれた労働環境のおかげで、現在PDTの離職率はたった3.5%である。

「超高頻度取引はしない」という哲学

ウォール街のリサーチ・アナリストたちは、自分のベストなアイデアを用いれば、週単位や月単位で投資企業のポートフォリオを組み替えられると思っている。しかし、PDTのリサーチャーは、そうではない。なぜなら、PDTの投資モデルが2年以上放置してもリターンを生み続けることができることを知っているからだ。実際に、15年前に開発された概念に基づいたモデルも、改良を加えられながら、今も使い続けられている。

ミュラーは、投資モデルの詳細について、一切を明らかにしていない。投資家たちもミュラーとミュラーの投資モデルを信頼している状態だ。ただ、ミュラーがひとつだけ明確にしていることがある。それは「超高頻度取引はしない」ということ。「システムを使って売買できる量には限界がある」(ミュラー)。
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文=ナチャン・ヴァーディ

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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