会場を埋め尽くしていたのは、ゴールドマン・サックスやブラックストーンに勤めるノーネクタイ姿の金融関係者。彼らは、ミュラーによる自作の曲の演奏や昔話を聞くために会場へ駆けつけたわけではない。目的はただ一つ。今、ウォールストリートで最も勢いのあるヘッジファンド・マネジャーと”お近づき”になることであった。
「私たちは、運用資産高ではなく、ファンドの品質において世界最強のクオンツ投資会社であり続けたいと思っている。つまり、最小のリスクだけで市場からお金を集めて、賢い人なら魅力を感じるファンドをつくることが目標だ」
そう語るピーター・ミュラーこそ、アルゴリズムを使った投資モデルによる取引に絶対の自信を持つ、ヘッジファンド界のトップスターだ。
圧倒的な業績、破格の成果報酬
ミュラーの経営するPDTパートナーズは、設立3年目にして、その運用額は45億ドル。多くのヘッジファンドが負け越した15年も、PDTが持つ最大のファンドは、15年1月から11月の間で手数料差し引き後21.5%のリターンを生み出した。
その圧倒的な実績から、ミュラーの運営するPDTは、ウォール街の中でも”規格外のファンド”として知られている。通常のヘッジファンドは、投資家との間に「ロックアップ」といわれる、1年ほどの一定期間に解約を認めないとする契約を結ぶことが多い。
一方、PDTの最大顧客であるブラックストーンは、最低7年間のロックアップに合意する代わりに、PDTにブラックストーンの資金を少なくとも7年間は運用し続けることを確約させるという、特別な契約を結んでいる。ブラックストーンに限らず、ウォール街の有力者たちは、PDTに資金を運用してもらうことに必死なのだ。
また、PDTは成功報酬も破格である。高すぎると評判の悪いこの業界のスタンダードは、運用手数料2%と成果報酬20%であるが、PDTは運用手数料3%に加えてベンチマークを上まわる利益に対しては50%の成果報酬を得ている。
この驚異的な業績にもかかわらず、ミュラーはワーカホリックではない。カリフォルニア州サンタバーバラにあるサーフィン用ビーチに隣接する自宅で1年の3分の2を過ごし、事務所にいるときも、スクリーンに自宅前のビーチの様子をリアルタイムで流し、波の確認は欠かさない。
ミュラーが音楽やサーフィンなど、仕事以外の”自分だけの世界”を持つことを大切にするのはなぜか。それは、かつて仕事に打ち込みすぎるあまり、燃え尽きることで、ウォールストリートから”脱落”した経験があるからだ。