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2016.07.17 17:00

なぜ、嫌いな人は、自分に似ているのか[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

HIROSHI TASAKA


これは、我々人間の心には、「自分の持つ嫌な面を持っている人を見ると、その人に対する嫌悪感が増幅される」という傾向があるからである。
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そのため、「嫌いな人」の嫌いな部分を深く見つめるならば、自分の中にある嫌いな部分と同じであることに気がつく。すなわち、「自分に似ている」ということに気がつくのである。

これを、心理学の言葉で表現するならば、

他者への嫌悪の感情は、しばしば、自己嫌悪の投影である。
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という言葉になる。

たしかに、人間には、自分でも嫌いな「自分の欠点」を指摘されると、それを認めたくないため、感情的に反発したくなる心理があるが、同様に、相手の姿の中に、自分でも嫌いな「自分の欠点」を見ると、それを見たくないため、その相手をますます嫌いになるという心理がある。

特に、相手の姿の中に、自分自身が心の奥深くに抑圧している「自分の嫌な面」を感じると、それが「自己嫌悪の投影」であることさえ気がつかず、相手に対する嫌悪感を抱くことがある。

そうした人間心理の機微を理解するならば、人生で「好きになれない人」や「嫌いな人」に出会ったとき、その人の持っている「欠点」や「嫌な面」が、自分の中にもあるのではないかと考えてみることも、一つの方法であろう。

昔から語られる「相手の姿は、自分の心の鏡」という言葉は、この人間心理の機微を語った言葉でもある。
 
そして、「他者への嫌悪の感情は、しばしば、自己嫌悪の投影である」ということを理解するならば、我々は、もう一つ大切なことを理解しておく必要がある。

自分の中にある欠点を許せないと、

同様の欠点を持つ相手を許せない。

この「自分の中にある欠点を許す」ということは、実は、我々の深層意識の世界に関わる、深く難しい課題であり、容易なことではないが、我々は、この心の機微も、理解しておく必要がある。

古典に語られる、

自分を愛せない人間は、他人を愛せない。

という言葉は、この心の機微の深みを語った言葉に他ならない。

文=田坂広志

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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