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2016.06.29

天才数学者たちが率いる謎のヘッジファンド、「ツー・シグマ」の正体

translation by Atsuo Machida


一部の大手ヘッジファンド(130億ドルを抱えるスカイブリッジ・キャピタルなど)は、ツー・シグマのようなクオンツファンドを「ブラックボックス」だとして忌避している。しかし、数学を武器に着実なリターンを実現しようとするツー・シグマに吸い寄せられる投資家は引きも切らない。

ツー・シグマのリターンは高率かつ堅実だ。15年夏には他の多くの大手ファンドが損失を出したが、巧みに切り抜けている。ファンド「スペクトラム」は同年1〜8月に約6%(手数料差し引き後)の利益を出した。60億ドルを抱えるファンド「コンパス」は14年に25.6%もの急拡大を遂げた。05年の開設以来の年平均リターンは14.9%になる。S&P500種指数が6%下落した15年8月にも、コンパスは2.8%の利益を得た。コンパスのレバレッジ版はさらに2倍の5.7%をその激動の1カ月に稼ぎ出している。

もう1つの大型ファンド「アブソルート・リターン」は、15年1〜8月に6.1%資産を増やした。これだけのリターンを挙げていれば、自然に金も流れ込んでくる。ツー・シグマは14年に33億ドルのマクロファンドを新たに立ち上げた。近年では最大級の募集規模だった。

ツー・シグマでの仕事はウォール街の標準からすると仕事は特別きつくはなく、サラリーもいい。20代のジュニア・リサーチャーの中にはボーナス込みで年収50万ドルを稼ぐ者もいる。従業員の定着率は97%だ。

スーツやネクタイ姿の者は見当たらず、皆、カジュアルな服装だ。お手製のリモコンカーにつまずいたり、特別製のチェスのセットが3Dプリンターで作られていそうなオフィスは未来の数学教授やコンピュータ科学者にとっては実に牧歌的な環境に思えるが、それも退職を企てるまでのこと。自社の手法や方法論を守ることにかけては“並外れて強硬”だ。

主要な社員の離脱に脅威を感じると、いきなり法廷闘争になる。辞めていく社員が刑事訴追されたり投獄されたりしたことも一度や二度ではない。この会社の数学オタクたちは情け容赦がないのだ。

ツー・シグマが従業員相手に起こした訴訟で最も目を引くのは、14年に退職を申し出たリサーチャーのカン・ガオ(当時28歳)のケースだろう。中国籍のガオはMITで物理学と工学の学位を取得した後、10年から同社で働いていた。

同社の主張によれば、ガオは退職の準備を進めていた14年前半、いくつかのトレード・モデルを自分自身にメールで送ったという。同年2月の退職面接後、ガオは逮捕された。訴状によると、ガオは11年と12年に自ら開発した2つのトレード・モデルを盗んだとされている。また彼自身が書いたリサーチ書類と提案書を盗んだ責任も問われた。

ガオは無罪を申し立てた。しかし、労働ビザを取り消され、在留資格を失ったガオは悪名高いライカーズ島の刑務所に収監された。8カ月の拘留期間中に彼は殴られたり、身の安全のために監房に長く拘禁されたりした。
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構成=山下祐司 翻訳=町田敦夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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