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2016.06.29

天才数学者たちが率いる謎のヘッジファンド、「ツー・シグマ」の正体

translation by Atsuo Machida


オーバーデックは16歳でスタンフォード大学に入学。数学の学位と統計学の修士号を取得すると博士課程には進まず、クオンツファンド「D・E・ショー」に入社した。その後、アマゾンの顧客リレーション部で経験を積んだ。

シーゲルはMIT(マサチューセッツ工科大学)でコンピュータ科学の博士号を取得後、D・E・ショーに入社。その後、チューダー・インベストメンツで最高情報責任者(CIO)を務めた。そして、2人は01年にツー・シグマを設立する。

創業者で共同経営者のオーバーデックとシーゲルには明確な役割分担がある。オーバーデックがモデルの構築を主導し、シーゲルがそのエンジニアリングとインフラを担当する。一流レストランの厨房にたとえると、オーバーデックはレシピを決め、料理をこしらえるコック長だ。シーゲルは支配人として食材や調理器具、オーブン、電力などを調達し、厨房がとどこおりなく回るよう気を配る。

ツー・シグマの急成長は2人に大きな試練を与えることにもなった。中核的な事業だけでは手持ちの資金を余さず運用できなくなったのだ。そこで彼らは再保険やベンチャー投資、マーケットメーキングなどにも手を広げた。同社の主要な部門が集まるマンハッタン、ソーホー地区のオフィスでは、今や800人以上のリサーチャーやプログラマー、統計学者が働いている。その中には博士号保持者が130人、国際数学オリンピックの優勝者も6人含まれている。

莫大なリターンをもたらすツー・シグマのアルゴリズムは4種類の情報をもとに組まれている。(1)株式の取引高などのテクニカルな情報、(2)信用調査機関の結果発表やM&Aといったイベント絡みの情報、(3)企業の財務報告などのファンダメンタルなデータ、(4)「アルファ・キャプチャー」と呼ばれる特定の企業や産業に関する情報ーだ。

アルファ・キャプチャーは一般には公表されておらず、資産調査を通じて収集される。その是非については論議が分かれており、ツー・シグマも昨年、1件の資産調査を中止した。世界最大の資産運用会社である米ブラックロック社が同種の調査を通じて不正に早く企業情報を得ていると、ニューヨークの検事総長に批判されたためだ(両者は和解協議に入った)。

ツー・シグマは異なる種類のモデルとデータを組み合わせ、様々なトレードを行っている。最大のリスクは、理論的には機能するはずのモデルと現実世界の「ズレ」だ。だからこそツー・シグマのリサーチャーにとって既存モデルのテストが重要な仕事になる。

モデルは一瞬にして予想を変更することもあるので、過去のデータを使った検証テストは時間をかけて何度も実施する。アマゾンがリアルタイムでウェブページに変更を加えながら最適化を目指しているのとは対照的だ。本部ではコードも書けるモデル設計者がエンジニアと席を並べ、絶えず共同作業を行っている。

ツー・シグマのコンピュータは変化する市場環境に合わせて“自律的”に対応する。人間が介入するのは、普段はリスクを増減させる時に限られる。カリフォルニア大学デービス校の数学者で著名なコンピュータ科学者でもあるデビッド・ベイリーは「この種の戦略が真に優れているのか、ただの幻想であるのかを確かめるのは非常に難しい」と言う。彼は共著の論文で、それらの戦略の有効性がしばしば「誤認されている」と暗に指摘した。

シーゲルも今年開かれたある投資家の大会でこの問題を強調した。「ビッグデータ分析を定式化するなら、データを過剰に適用しているのか、それともそのデータから合理的な情報を引きだしているのかを理解できる形で行わなければならない。それがこのビジネスで何より大切なことだ」
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構成=山下祐司 翻訳=町田敦夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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