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2016.06.29

天才数学者たちが率いる謎のヘッジファンド、「ツー・シグマ」の正体

translation by Atsuo Machida

「数学は森羅万象を記述するための言語」。偉大な科学者・ガリレオは数学をこう表現した。現代では「神の言葉」を理解するほど、莫大な資産を生み出せる。

1986年、ポーランドで開かれた第7回国際数学オリンピックで銀メダルを獲得した16歳のジョン・オーバーデックはワシントン・ポストの記者に「論文を書いても満足できそうにない。それより数学を何かに生かしたいんだ」と語っていた。

それから30年ー。オーバーデック(45)とデビッド・シーゲル(54)が設立した数学を生かすクオンツ系ヘッジファンドの運用会社「Two Sigma(ツー・シグマ)」は世界最速の成長を遂げている。

ツー・シグマはこの5年間で運用資産額を密かに50億ドルから280億ドルに膨らませ巨大なヘッジファンドになった。ビッグデータをかき集め、機械学習で分析するクオンツ運用派の代表格にまで昇り詰めた。株式やその他の証券の値動きを予測できそうなパターンを見いだし、市場のインデックスを超える運用を目指す。

注目に値するのは、同社最大のファンドでは「預かり資産額の3%、利益の30%」もの運用手数料を取っていること。業界の標準は2%と20%といったところなのにも関わらずだ。ファンド「スペクトラム」は2004年以降、年平均9.4%(手数料差し引き後)のリターンを稼いでいる。ツー・シグマは「成長+リターン+多額の手数料=巨額蓄財」の確固たる方程式を成立させている。

同社をよく知る人々によればツー・シグマという社名は、超過リターンに対する投資のボラティリティの比率、すなわちベンチマークを超えたリターンを示す「シグマ」に由来する。そして、もうひとつ「合計」の意味もある。15年、オーバーデックとシーゲルの推定資産額はそれぞれ28億ドルとなり、長者番付「フォーブス400」に初めてランクインした。

金融危機後、最も偉大な成功物語

シーゲルはある投資家の会合でこう語った。「投資業界の直面する課題は、人間の思考が100年前から少しも進歩していないことだと思う。旧来の手法で、グローバル経済のすべての情報を頭の中で取り扱うのは非常に難しいことだ」

ツー・シグマでは750テラバイトのメモリーを持つ7万5,000個のCPUを使って、1万種類を超えるデータソースを分析している。彼らのヘッジファンドは過去14年間に12億回以上のトレードを実行してきた。「いずれは人間のファンドマネジャーがまったくコンピュータに打ち勝てなくなる時代が来るだろう」とシーゲルは続けて語っている。

投資家がウォーレン・バフェットのような人々よりも、IBM「ワトソン」のようなマシンを信じる世界ー数式が巨万の富を生み出す世界ーにいるオーバーデックとシーゲルは表舞台に立つことを嫌う。当然、会社の秘密を隠し通そうとするためだ(2人は本誌へのコメントも拒絶した)。
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構成=山下祐司 翻訳=町田敦夫

この記事は 「Forbes JAPAN No.25 2016年8月号(2016/06/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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