―前澤さんは『UNTITLED』をプレビュー会場で初めて見た瞬間、鳥肌が立ったと購入後に告白されていますが、石坂さんはそのことにお気づきに?
石坂:なんとなく、関心があるんじゃないのかなとは感じていました。でも前澤さんはバスキアの前ではあくまでも記念写真を撮っている風を装い、他の作品を一生懸命見ていましたから。
前澤:さすがプロフェッショナル、関心があるとバレていましたか(笑)。
―買おうかどうしようかという思いはその時、石坂さんに伝えたのですか?
前澤:いや、会場を出たあと、「あの作品、どう思いました?」ぐらいの感じで、石坂さんの感想だけ尋ねました。
―石坂さんは何と?
石坂:私個人の感想を述べたあと、あくまで一般論として、このクラスの作品を買う場合は、誰にも悟られないようにということを、具体例を挙げて説明しました。オークション会社には守秘義務があるので、入札希望を告げても情報が漏れることはないのですが、気配で悟られないよう、隠密にされたほうがいいですよ、と。実際、前澤さんがバスキアに入札するのは誰も、入札の瞬間まで知りませんでしたから(笑)。
―それはさぞ驚いたでしょうね。バスキアと言えば、ストリートカルチャーから出てきたアーティストですが、前澤さんご自身の人生と重なる部分があったのでしょうか。
前澤:そうですね、成り上がった感がやっぱりある人なので(笑)。最初は地下鉄の壁にスプレーで描いていたような人が、アンディ・ウォーホルに注目されて認められ、あっという間に世界中のギャラリーからお呼びがかかって、展覧会を開催するに至った。『UNTITLED』は、そのような勢いのある流れの中の作品なんです。死ぬ間際はオーバードーズで悲壮感のある作品が多いけれど、この頃は躍動感、生命感がみなぎっていて、心打たれますね。
石坂:バスキアは1982年の作品が一番パワーがあって、多くの傑作を残していますが、その中でもこれほど完成度が高く、これだけのサイズの作品はない。間違いなくバスキアの最高傑作です。
前澤:僕は以前、音楽をやっていたのですが、ミュージシャンってバスキアの作品を結構集めているんです。エルトン・ジョンとかマドンナ、メタリカというバンドのラーズ・ウルリッヒというドラマーとか。当時のNYの音楽やファッションなどのカルチャーと密接にリンクしていたので、名前はずっと知っていましたが、まさか後年、自分がペインティングを手にするとは思わなかったです。
石坂:オークション前から、『UNTITLED』はおそらくバスキアの2013年のオークション記録(4,884万ドル)を更新するだろうと世界中から注目されていました。そして実際に最高落札価格がついた。一番の作品を買うというのは、強烈な思い入れがないと買えないものなんです。二番、三番は一番との距離を見れば買えますが、一番の上はないわけですから。お金があっても、「アートは所詮投資」という人には無理なんですよね。