海外では後継者争いで殺し屋まで雇われる。ファミリービジネスにとって、とかく事業継承は頭痛の種だ。しかし、「エノキアン協会」に所属する長寿企業にその悩みはなさそうだ。彼らの歩みはビジネスの先生になる。東京で開かれた年次総会をリポートしよう。
平均社歴321年―。
9月24日に帝国ホテル東京で年次総会が開催されたエノキアン協会の加盟企業の平均社歴のことである。日本の歴史でいうと、徳川第5代将軍綱吉の時代にまで遡ることになる。時は元禄、「天下の悪法」、生類憐みの令の時代である。
世界の長寿企業クラブ「エノキアン協会」は、1981年にフランスで設立された。「エノキアン」の語源は旧約聖書に登場するエノク(Henok)。アダムの孫にあたるエノクは、365歳まで生きた。「長寿の証し」というわけだ。同協会には、長寿であるだけでは加盟できない。創業200年以上、同族が経営権を持つこと、経営状態が良好なことなどが審査条件だ。現在、加盟しているのは現在、44社。平均社歴321年のすごみは、次のようなエピソードに表れる。
日本の加盟企業5社のうちの1社、和菓子の「虎屋」社長・黒川光博は、協会の過去の年次総会でこんな経験をした。ちょうどリーマン・ショックによる世界金融危機が起きていたころだ。世の中は「この先、どうなるんだ」という不安の声を漏らす経営者が多く、彼はエノキアン協会の総会で、「リーマン・ショックで、これからの経済はどこへ向かっていくのだろうか」と切りだした。すると、その場に集まったエノキアンの経営者たちは平然としたたたずまいで、こう言ったのだ。
「こんなことで大騒ぎすることはない。長いこと事業を続けていれば、この手の不況はいつの時代にもあるものさ」
「100年に一度の危機」と呼ばれたリーマン・ショックですらも、戦争、天災、疫病をくぐり抜けてきた長寿企業にしてみれば、「こんなこと」程度なのである。世の中とのあまりの温度差に呆気にとられながらも、黒川は「なるほど確かに」と頷いた。近視眼ではなく、200年、300年というスケールで経済を見つめれば、不況など定期的にやってくるものなのだ。
「とにかく、彼らは少しも動じていなかったのです。目先のことに一喜一憂してはいけないのだと、つくづく思い知らされましたね」
日本のファミリービジネス率は97%
実は、日本は長寿の同族企業が世界でも飛び抜けて多い国だ。国税庁の統計によると、業歴100年以上の同族企業は3万社と推定される(ヨーロッパは約6,000社)。また、日本経済における同族企業の割合は、資本金1億円未満では97%。5億円超の企業でも65%だ。これは世界に類のない多さである。(中略)
エノキアン協会には、欧州8カ国に加えて、日本からは5社が加盟している。虎屋のほかに、創業順に石川県の法師(温泉旅館業/718年創業)、月桂冠(酒造業/1637年)、岡谷鋼機(商社/1669年)、赤福(和菓子製造・販売/1707年)だ。総会の会場で、白髪の紳士、現・エノキアン協会会長のヴィーレム・ファン・イーヘンに話を聞いた。
「reinvent(再発明)」
彼は繰り返しこの言葉を使う。長寿のファミリー企業に求められるのは、「新しい世代に価値をしっかりと提供していく、これには守るだけではなく、その先の再発明が欠かせない」と言うのだ。守り抜く、という意識ばかりにとらわれて、発明を怠る企業はこのエノキアン協会にはふさわしくない。(以下略、)