さらに石器時代の月の意識といえば、「ローセルのヴィーナス像」を外すわけにはいかない。この像は2015年に国立西洋美術館で開催された「ボルドー展」で来日していたのでご覧になった向きもあろう。フランスはボルドーのローセルから出土したおよそ2万年前のこのレリーフにはふくよかな妊婦が描かれている。女性は手に三日月形の角盃をもつ。この角盃には、13本の刻み目がつけられているのだ。
無文字時代のことなのでこれが何を意味するのかは、想像するほかないのであるが、僕たち占星術に親しむものにはまちがいなくこの13は「月の数」を意味する。
月の公転周期は28日であるが、28x13は364、ほぼ1太陽年となる。そしてこの時代の人々は、月の周期を熟知していた。となれば、この妊婦が手にする三日月形の角盃につけられている刻み目は、月の周期と女性の周期に一致があること、しかもそれが生命の神秘という、当時の人類にとってもっとも重要で深淵な現象と結びついているということを知っていたと伝えているのではないだろうか。
月の動き、その満ち欠けは空に掛かる大きな時計である。その時計を僕たちは四大文明ののろしがあがるはるか前から見つめ、手元にひきうつし、そしてそのサイクルの中で生命のリズムを刻んでいることを感じ取っていたのである。
僕たちが手にする「時計」には普通に想像されているよりもはるかに長く、深い系譜が存在する。
鏡リュウジ◎占星術研究家、翻訳家。国際基督教大学大学院修士課程修了。占星術やユング心理学をテーマに幅広いメデイアで活躍。英国占星術教会会員、京都文教大学、平安女学院大学客員教授。