東洋医学的に考えると「進学も左遷も春がいい」

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あるフランス人の患者さんは、日本で働き始めて10年になるが、仕事の異動は9月より4月が楽だと言う。4月のほうがストレスがないのだそうだ。東洋医学の立場でいうと、春は変化にちょうどよい時期だ。

実は、2000年以上前にまとめられた中国最古の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』にもそうある。

有史以前、中国には伝説上の3人の皇帝がいた。神農、伏羲、黄帝である。神農は、1日60回も下痢をしながら薬草の効能を自分の身体で確かめたと言い伝えられている。神農は医学の祖と言われ、日本でも東京の湯島と大阪の道修町で祀られていて、年に一度お祭りが行われる。祭りで配られる笹には小さな虎の人形が飾られていて、その昔、大阪でコレラがはやり、トラの骨(虎骨)という漢方生薬が効果があると噂されたため、トラが病気封じの象徴になったという。

神農が漢方医学の祖と言われるのは、その時代に「自然と身体の関わり方の法則性」を発見したからだ。身体をセンサーにして体調を感じ、そこに経験則を当てはめていったのである。現代医学は「EBM(evidence based medicine)」(科学的根拠に基づいた医療)を用いるが、それよりもより体感に近いのではないだろうか。なぜなら、どの季節から新しいことを始めれば、身体にストレスがないかなど数値化できないからだ。

黄帝内経には、物事を開始して伸びていくためには、春から始めたらよいとある。入学や昇進だけでなく、左遷も春からであれば境遇に順応しやすい。同じ時代に成立した有名な書『易経』も、黄帝内経と似た思想である。世の中で変わるものを「易」、変わらないものを「不易」と分類。変わらない大きな決まり事に従いながら、自分で選ぶことができる範囲で選択をして生きていく。そのための知恵が書かれてあるのだ。

人間の老化や季節の流れは「不易」であり、その中で、自分の行動、気持ちのもちよう、何を食べるか、といったことを選択する。選択できる部分を整理していくと、生きやすくなる。それが易経の考えだ。近年のベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子著)と同じである。「置かれたこと」は変えられないが、そこでの咲き方は自分の意志で変えられる。

春になり、新しい職場、新しい環境になると、体調が変化する。変化してしばらくの間は、身体を正常に保つために体内の「恒常性」「寛容性」が働いてバランスを調整する。多くの人は血圧が少々上がるくらいだ。しかし、それが耐えられないレベルになると、五月病になる。春の時期は身体の声に耳を傾けたい。

最近、世界標準の9月入学に関心がもたれている。しかし、東洋医学的には4月入学はとても理にかなっている。自然の力は大きい。逆らってはいけないのだ。

さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。北里大学東洋医学総合研究所で診療するほか、世界各地に出向く。近著に『病気にならない生き方・考え方』(PHP文庫)

桜井竜生医師と浦島充佳医師が交代で執筆します。

文=Forbes JAPAN編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.23 2016年6月号(2016/04/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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