密着! スターバックス ハワード・シュルツCEO 「世界を変える壮大な実験」

スターバックスのハワード・シュルツ CEO(ジャメル・トッピン = 写真)


シュルツを見ていると、困っている人々に心を揺さぶられ、力になりたいと願うその姿には驚かされる。例えば、スーパーソニックスの人気選手だったヴィン・ベイカーが破産し、アルコール中毒に苦しんでいたときには、スターバックスの経営プログラムを通じて店長になれるよう手を差し伸べている。

ブライアン・スティーブンソン弁護士が、冤えん罪ざいで有罪宣告を受けた死刑囚を助け出す難しさを描いた著書『Just Mercy(公正なる赦免)』を出版した際、シュルツはそれをスターバックスの店頭で売ると主張した。その上、スティーブンソンの事務所を訪れ、30年近く刑務所に収監されたアンソニー・レイ・ヒントンと共に過ごした。

「(ヒントンは)恨みを微み塵じんも持たず、もの静かで内気なご老人だった。彼との出会いは、私の人生を変えたよ」と、シュルツは語る。本は何カ月もスターバックスの店頭に飾られ、米紙「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラーとなった。このような経験もあって、彼は「オフィスの中で小切手を切るだけの慈善事業では、もはや満足できない」という。

05年に米南東部を襲った超大型ハリケーン「カトリーナ」を覚えているだろうか? 3年後にスターバックスの従業員たちがニューオーリンズの復興を手伝うと、シュルツも家屋の建て直しプロジェクトに参加した。そして、現地でハシゴとペンキを見つけるや、ペンキ塗りを手伝いたいと申し出たのだ。

「ハワードは腰を痛めていたのですが、止めようとしても聞き入れようとはしませんでした」と、スターバックスの重役、ロドニー・ハインズは振り返る。

シュルツを駆り立てるものに、新入社員時代の陰鬱な記憶がある。80年代半ば、彼がグアテマラに初めて出張したときのことだ。コーヒー豆の生産者たちが、スターバックスの支払い額のうち、「ほんのわずかな割合しか自分たちの手元に入ってこない」と漏らしたのである。グアテマラの支払いシステムには、ぴんはねや“手数料“がはびこっていた。だが、新米だったシュルツは、自分があまりにちっぽけで何もできなかったと感じている。そのときの苦い記憶を今も忘れられないのだ。

シュルツの慈善事業は徐々に「シュルツ・ファミリー財団」を通して行われつつある。妻のシェリと管理するこの1億ドル規模の財団は、これからさらに拡大する予定だという。現在の優先課題は、退役軍人にアメリカ経済の中で居場所をつくること、そして16〜24歳で学校に行かず、仕事にも就いていない若者に就職の機会を提供することだ。
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ジョージ・アンダース = 文 松岡智美 = 翻訳

この記事は 「Forbes JAPAN No.24 2016年7月号(2016/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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