密着! スターバックス ハワード・シュルツCEO 「世界を変える壮大な実験」

スターバックスのハワード・シュルツ CEO(ジャメル・トッピン = 写真)


シュルツは、国の最高司令官よりも“最高調停人“になりたいと考えている。政治や日々の生活ににじみ出る人々の怒りに困惑し、アメリカが「国として良心を失ってしまった」と悩んでいるのだ。

そこで彼は解決策を求めて、退役軍人病院からインドのヨガ道場まで、人々の話や信仰を聞いて回った。シュルツは、スターバックスを銃規制や人種問題などの難しいテーマについても節度ある議論ができる、「市民権や人間性を高められる場」にしたいと考えている。具体的には、死刑問題や長期不就労、退役軍人の支援、スターバックスに勤めるバリスタたちの就学支援といったテーマに取り組むことだ。

スターバックスはこの1年間で軍事基地の近隣に19店も開き、退役兵や現役兵、その配偶者の働き口をつくった。また、ほかの大企業と協力して大規模な就職フェアをフェニックスやシカゴ、ロサンゼルスなどの都市で催し、失業中の若者たちを面接に呼んだ。ほかにも、バリスタやその他の従業員を対象にオンラインでアリゾナ州立大学の学位を取得できるプログラムを14年に設置している。学位取得にかかる学費はスターバックスが負担する。

ほとんどの会社では、CEOが社会問題に熱中すると株主から反発されるリスクを負う。シュルツとて、スターバックスの全株式の3%未満しか保有していないこともあり、投資家の声を無視できない。しかし「スターバックスは例外」と、最高財務責任者(CFO)のスコット・モーは話す。

GEやJPモルガン・チェースといった実務的な企業文化を持つ会社で働いてきたモーは、「カフェラテは単なる飲み物ではない」と感じている。あくまで、「心地よい体験をしつつ、世の中を良くする」ためのチケットなのだ。シュルツの改革運動は、商品に姿を変えて、スターバックスを地球規模の社会的ビジネスへと昇華させている。

おおかたの経営者にはそこまでの時間がない。シュルツは定期的に、後輩の経営者から電話を受ける。解任されることなく、社会問題に取り組める道を相談されているようだ。米百貨店チェーン「JCペニー」のマービン・エリソンCEOや、配車サービス「リフト」のジョン・ジマーCEOもシュルツに助言を求めている。シュルツの返答は率直すぎるものだった。「自分の手でその資格を勝ち取るしかない」

スターバックスでは、取締役の定年は75歳である。なので、シュルツには任期が13年も残されている。ただ、本人はそれより前にCEOを退任する可能性をほのめかす。彼は00〜06年、役割を会長職だけにとどめてCEOを退き、米プロバスケットボール協会(NBA)の球団「シアトル・スーパーソニックス」のオーナーに就いたことがある。しかし、スターバックスの業績がつまずくと、シュルツはCEOに復帰した。

シュルツは、前回のCEO在任時よりも周囲の声に耳を傾け、根気よく対応しながらうまくペース配分できていると話す。大企業の経営は、「求められるエネルギーやスタミナ、好奇心の観点からすれば、若い人の仕事だ」と、彼は認める。

とはいえ、もうしばらくは続けるつもりだという。彼のミッションは、まだ完全に成し遂げられていないのだ。
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ジョージ・アンダース = 文 松岡智美 = 翻訳

この記事は 「Forbes JAPAN No.24 2016年7月号(2016/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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