過疎、高齢に悩む町長がとった「刑務所誘致」という秘策

(illustration by Naoki Shoji)


初めて見た「ハロウィン行列」

岩谷は「法務省詣で」を繰り返すと同時に、刑務所に悪いイメージを持つ住民を説得して回った。

2,000人規模の刑務所をつくれば、職員を含めて3,000人近い人間が増えることになり、地方交付税が増える。また、収容するのは犯罪傾向が進んでいないA指標の受刑者に限った。したがって、刑務所ではなく「人間再生の場なんだ」と説いた。首を縦に振る者が1人、また1人と増えていった。

刑務所誘致の立候補地域は、最終的には68地域となり、03年の募集では落選。しかし翌04年に再挑戦し、決定通知を受け取った。

旭町が選ばれたのは、まずは立地のよさだ。高速道路を利用すれば、大きな病院がある浜田市まで15分ほどで着く。人権問題に敏感な昨今、受刑者に対する医療体制が整っていることが絶対条件だった。また農村地帯ゆえ、受刑者が農作業に取り組むことができることをアピールした。そして最大の理由は土地の値段の安さだった。岩谷が振り返る。

「県が35億で買った土地を国に15億で売った。毎年、3億ずつ金が入るんじゃからと県を説き伏せた。医療体制を整えるには、県を巻き込まないとだめ。他の地域は県との協力体制ができてなかった」

開所後、予想された効果以外にも、さまざまな副産物があった。まずは刑務官やその家族が増えたことで、旧旭町時代は「絶滅危惧種」とまで言われた乳母車を押す若い夫婦を見かけるようになった。保育園の定員数が増え、3、4年後には、小学校の生徒数も約110人から160人近くになる見込みだ。

浜田市旭支所・支所長の田村邦麿が胸を張る。

「子どもが増える小学校は、浜田市内でもここぐらいじゃないですかね。ハロウィン行列なんて、テレビでしか見たことがなかったのに、今ではこのあたりを200人ぐらいがぞろぞろ歩いているんですよ」

刑務官たちのリクエストもあり、地域内初となる居酒屋と夜9時まで営業している「道の駅」風のコンビニがオープンした。また、バレーボールやバスケットなど地域のスポーツサークルが復活し、お母さん方の子育てサークルが新たに誕生した。

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旭支所支所長の田村邦麿さん(左)と、旧旭町長を20年3カ月務めた岩谷義夫さん(右)。

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警備は民間のALSOKが担当。Uターンし就職した30代男性は「いつか帰ってきたかった」。

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中村 計 = 文 東海林巨樹 = イラスト

この記事は 「Forbes JAPAN No.22 2016年5月号(2016/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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