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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

(illustration by ichiraku / Ryota Okamura)

学校の体育の評価方法は間違っていないだろうか。そう思わせる事実がある。
理科のテストで世界一になった学校は、「ゼロ時限体育」なるプログラムを取り入れていたのだ。

初めて東京マラソンを走ったのは2008年のこと。10キロ以上走ったことのない私は、参加に当選してから慌てて走り込みを開始。太股を痛めながらも何とか完走できた。運動嫌いの人は「何でそんな苦労をしてまで42.195キロを走るのだ?」と思うだろう。しかし、人生であんなに大勢の人たちからエールをもらったことはない。さらに完走したあとの達成感は格別だ。マラソンに魅せられた私は、その後も4度東京マラソンに出場した。そして「運動には減量効果だけではなく、ポジティブ思考に導く強力かつ不思議な心理効果がある」と感じるようになった。

ハーバード大学臨床精神医学准教授のジョン・レイティ先生の講演を聴き、その思いは確信に変わった。話は、イリノイ州ネパーヴィルの高校生1万9,000人のことである。きっかけは1990年代、「子供たちが不健康なのはあまり動かなくなったせい」という新聞記事だった。これを読んだ型破りの体育教師らが、1時限前の早朝から始める「ゼロ時限体育」というプログラムを立ち上げたのだ。

それまでの体育は身体能力で評価されていた。一方、「ゼロ時限」では努力を評価する。走るのが遅くても、運動中の脈拍数が多ければ評価が高い。手を抜いてゆっくり走っているように見えても、実際はかなり苦しいのに頑張っているからだ。

また、18種のプログラムから好きなものを選べる。クライミング・ウォールやカヤック、ツール・ド・フランスのコースでランス・アームストロングと競走できたりする。

この取り組みはやがて地域に広がった。そして99年、ゼロ時限を実践する学校の8年生98%が世界中の生徒が参加するTIMMS(国際数学・理科教育動向調査)を受験し、何と理科は世界1位、数学も6位に入賞したのだ。さらに学校での暴力事件や退学も激減したという。

運動をするとセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミン(思考や感情にかかわる重要な神経伝達物質)が増えることはよく知られている。ノルアドレナリン、ドーパミンは前頭前野で活性化され、意欲を高め注意を集中するのに欠かせない。従って、授業の前に運動することが重要となる。

またセロトニン不足も、うつや痛みを引き起こす。最近、副腎皮質ステロイドなどのストレスホルモンが分泌されると脳内にキヌレニンというアミノ酸が溜まり、うつ状態を引き起こすことが判ってきた。これに対して筋肉を使うと、筋内にある酵素が誘導され、脳内にキヌレニンが溜まりにくくなる。つまり運動して身体を普段から鍛えておくと、ストレスに強くなり、落ち込みにくいということだ。

医療が進歩するとき、しばしば経験則がメカニズム解明に先んじる。まさにこの例が、その成果を雄弁に語っている。

うらしま・みつよし◎1962年、安城市生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として骨髄移植を中心とした小児癌医療に献身。その後、ハーバード公衆衛生大学院にて予防医学を学び、実践中。

浦島充佳(東京慈恵会医科大教授) = 文 ichiraku/岡村亮太 = イラストレーション

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