「ありのままを受け入れよう」
自閉症の子供を持つ親たちは、決まって一度はそんな言葉を掛けられる。でも、それって子供たちの可能性を奪ってはいないか?
ADDSの共同代表の熊 仁美(31)は、ずっとそんなふうに考えていた。たとえば米国の多くの州では、子供に支援が必要だと判断されれば、公費でセラピストが家庭に派遣される。
「早期に療育を始めないと、子供の権利侵害になるとさえ考えられている。でも、日本にはエビデンスに基づく療育というものがまったくと言っていいほど広まっていないんです」
現在、自閉症の子供は68人に1人にのぼるといわれる。ADDSでは、応用行動分析という心理学の手法に基づいた専門的な療育をベースに、学生セラピストたちを家庭に派遣する。子供たちを直接支援するというよりは、親が効果的な療育を行えるようサポートするという姿勢を貫く。
初めて自閉症の子供と接したのは、大学2年生の時。心理学を専攻していた熊は、現在共同代表を務める竹内弓乃から、自閉症の子供のいる家庭でアルバイトをしている、という話を耳にする。話せる言葉を増やすためのサポートがおもな仕事。すぐに「やってみたい」と思った。
自閉症の子供を持つ家庭を訪れると、言えなかった言葉を発せられるようになる、という瞬間に立ち会うことができた。
「働きかけた言葉に、反応してくれた。楽しい、と思いました」
少しすると「うちにも来てほしい」という声が広まり、1人で10家庭もを受け持つような生活になった。次から次へと声がかかる。
でも、ここで疑問が湧いてきた。プロでもない、限られた専門性しかない自分が引く手数多になるのは、おかしくないか?効果が見られるのに、なぜ誰もやらないのだろう?
なんとかしたい、と大学の後輩を集め、まずはサークルをつくる。「仕事にしたい」という気持ちはあるけれど、なかなか一歩が踏み出せない。修士課程を卒業し、次は博士に行こう。そんな時、なぜか竹内と二人して願書を出し忘れる、というアクシデントが起きた。覚悟が決まった。
いま、100人を超える親子がADDSで専門的な療育を受けている。「次までに『ちょうだい』と言えるように」などと手が届きそうな目標を立て、親とともに子供と向き合う。「こんな形で課題に出会えたのは、きっと私たちだけ」と熊は言う。
「早い段階で、自分たちにしかできないことに出会えた幸運を、子供たちに返していきたい」
いま、そんなふうに思っている。
熊 仁美
くま・ひとみ◎1984年生まれ。2009年に慶応義塾大学大学院・社会学研究科心理学専攻修士課程を修了。11年、NPO法人「ADDS」を設立。近年では謎解きと自閉症体験を組み合わせたワークショップを行うなど、「子供を取り巻くすべての人を支援者にしていく」を目標に掲げている。