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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」


あたかも、優れたテニスプレイヤーが、大きく体勢を崩しながら球を打ち返した後、すぐに、体勢を正位置に戻すように、優れた経営者やリーダーは、何があっても、すぐに、「心の正位置」、すなわち「平常心」や「静寂心」に戻ることができる。

では、永年の経営やマネジメントの体験を通じて、その心の修行を続けていくと、我々の心は、いかなる世界に向かっていくのか? そのことを教えてくれる寓話がある。

仏道の修行をする師と弟子が、旅をしていた。その旅の途上で、川に差し掛かったところ、若い女性が、川の前で立ち往生をしていた。着物の裾をあげ、川を渡ろうとしたのだが、流れが急で、渡れなかったのである。

それを見た弟子は、若い女性に心を惑わされてはならぬと、一人で川を渡ろうとした。しかし、師は、黙って歩み寄ると、その肌も露な女性を肩に担ぎ、川を渡した。

女性の礼の言葉を背に、二人の修行僧は、その先にある山道を登り始めた。山道を登り終え、坂道を下り、その山を越えたところで、思い余った弟子が、耐え切れず、師に聞いた。

あれは、許されぬことではないでしょうか? 若い女性を肩に担ぐなど、修行の身で、してはならぬことではないでしょうか?

それを聞いて、師は、微笑みながら答えた。おや、お前は、あの山を越えても、まだ、あの女性を担いでいたか。

「担ぎ続けぬ心」

何物にもこだわらぬ天衣無縫、融通無碍の心の世界。それは、「乱れ続けぬ心」という「不動心」の修行の彼方にやってくるものであろう。

文=田坂広志

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