英国人はなぜ、スーツにこだわるのか?

photo by Junji Hirose / hair by hiro TSUKUI

王族や政治家が「今日はどのブランドのスーツを着ていたか」が新聞に書かれるほど、スーツへの関心が社会的な常識である英国。なぜ、英国人はスーツにこだわるのか? その理由は英国の伝統的な階級制度にある。18 世紀の産業革命期にアッパークラス、ミドルクラス、ワーキングクラスという3つに分かたれ、今なお文化として根ざしているものだ。

たとえば、ネクタイはミドルクラス以上の人間が身につけるなど、その人がどの階級に属するのかを表すものとして、英国において身だしなみは特に重要だ。その中でスーツは元来アッパークラス(王族や貴族といった支配者階級)の人間が着るものだったが、やがてミドルクラスのホワイトカラーの経営者やビジネスマンの装いとして着用されてきた。

そして、いまやグローバル化した世界経済のなか、ロンドン証券取引所やイングランド銀行、ロイズ本社などがあるシティでは、若いビジネスマンの洒落っ気あるスーツの着こなしが目を引くという。伝統的な装いの英国紳士と、胸にチーフを挿したモダンなエグゼクティブたちが同居する、これが英国スーツのいまの姿だ。

そんな英国において、英国王室御用達(=Royal Warrant)というお墨付きを与えられるのは、一流ブランドの証のひとつ。自動車であればベントレーやアストンマーチン、英国最古の壁紙ブランドであるサンダーソン、食器メーカーのトーマス・グード、ピアノメーカーのスタインウェイ アンド サンズなど、錚々たる名前が並ぶなか、紳士服ブランドとして名を連ねるのが、「ダンヒル」である。

2016年の春夏コレクションで、最初に登場したモデルが着用していたのは黒のモーニングコートにベスト、そしてグレーのスラックス。最上級の伝統的な礼装でランウェイを歩くモデルは、アンダーステートメント(控えめで抑制が利いていること)をよしとする英国紳士の佇まいとは少し様子が異なる、エレガントな装いでツイストを効かせていた。たとえば、目が隠れるほど深い山高帽。たとえば、胸につけた大きなピンクのコサージュ(花飾り)。たとえば、ゴールドを配したペイズリー柄の派手なネクタイ。

装いがその人の階級を表す英国社会において、正しい礼装のルールを外すことは、まさに「お里が知れる」ことにほかならない。その中で、ダンディズムの祖と言われるブランメル卿、水玉の蝶ネクタイを個性として昇華したチャーチルのように、ルールから外れる勇気と高い美意識によって個性を表現してきた人物たちが存在したのもまた事実。

現代のロンドンに生きるモダンな30代から40代のエグゼクティブたちは、新しくて良いものを柔軟にライフスタイルに取り込み、スーツの新しい着こなしに目覚めている。英国の伝統と格式の象徴とも言えるモーニングコートを、コサージュでドレスアップしてみせた「ダンヒル」一流のユーモアは、そんな若いエグゼクティブたちの自由な精神性とリンクするものでもある。

ダンヒルの魂を体現する「ボードンハウス」

豪邸と高級店が立ち並ぶロンドンの一等地にある「ボードンハウス」。アルフレッド・ダンヒルが“ホーム”と呼ぶ旗艦店だ。ダンヒルのビスポーク&カスタムテーラリングが可能なテーラーだけでなく、バーバー&スパ、セラーバー&コートヤード、そしてプライベートシネマを備える。かつてウェストミンスター公爵が住んだこの邸宅では、ダンヒルが考える英国の伝統に基づくラグジュアリーなライフスタイルを体験することができる。

文=青山鼓

この記事は 「Forbes JAPAN No.22 2016年5月号(2016/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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