Forbes JAPAN 編集部 編集長


ヒントは日本が捨てたものにある

もう一人、与謝野町に分け入ることになるのはデザイナーの田子學である。東京で働く彼のもとに、一通のメールが届いたのは2014年6月のことだ。差出人はこの年、32歳で町長に就任した山添藤真。彼は地域活力の再生のためにも、お会いしたいと伝えてきたのだ。

田子は問題解決の手段にデザインを応用・提唱してきたことで知られる。単に形や色だけではなく、幅広い産業で組織づくりから商品開発まで携わり、著書『デザインマネジメント』にその思想と手法をまとめている。

「一緒に町をつくっていきませんか」

初対面の町長にそう依頼された田子は、時間をかけて与謝野町を歩き、翌年、町のクリエイティブ・ディレクターに就任した。当初、「地方のどこにでもある風景」と思っていた名もなき町で、答えを探すのはそう難しいことではなかった。住民たちにはなかなか見えないけれど、「よそ者」の目で見れば、答えは地元に落ちていたのだ。

しかも、田子は、「TPPが幕を開ける時代に、与謝野町は世界のマーケットに挑戦できます」とまで言う。その発想は、些細な会話が発端だった。

地元でよく耳にするこんな昔話がある。

「子供が家を出て学校に着くまでの間、機織りのガチャンガチャンという音が途切れることなく聞こえたんですよ」

かつては丹後ちりめんの有名な生産地だったが、現在は斜陽産業の代表格だ。

「そんな会話をしているとき、私が『そもそも原材料のシルクはどこから来ているんでしたっけ?』と聞くと、ほとんど中国やブラジルからでした。大量生産の時代に、養蚕は非効率と見なされたからです」

国内の養蚕農家は最盛期に221万戸あり、日本を代表する輸出産業だったが、現在は400戸を切っている。ところが、視点を世界に移すと、逆にニーズは高まっている。輸出国ブラジルが生糸生産をバイオエタノール用のサトウキビ栽培に転換し、生産は激減。一方で、生糸の用途は拡大。パウダー化して、シャンプーや石鹸、化粧品や医療品まで広がる。菓子や健康食品、味噌、醤油といった口に入れるものにも添加剤として使用されている。当然、日本は原料を輸入に頼っている。

つまり、「産業の源流を握れば、可能性が広がる」と田子は言う。養蚕から6次産業化していけば、もともと織物で高い技術と信頼があるし、副産物としての産業も生まれるというわけだ。

「TPPの時代になると、安売り競争をすれば負けます。世界で勝負できるのは、信頼です。原材料からつくり、“安心安全”を視覚化することで、信頼という高付加価値を武器に世界に訴えることができます」

田子はつき合いのある三井化学を訪ねると、偶然にも見せられたのが「シルクボトル」だった。シルクを含む有機物を原材料に用いて強化プラスチックの研究過程が終わったばかりという。循環型社会に適した素材開発の実験として作られたのだ。

桑畑をつくり、蚕を育てるのは壮大な作業となるが、実は世界で勝負できる別の「産業の源流」はすでに町内にあった。

与謝野町産の「京の豆っこ米」(丹後産コシヒカリの一種)は全国の食味ランキングで4年連続通算12回目の「特A」という最高評価を獲得し、海外販売を行う農家もいる。特徴は、07年から町が運営して製造する「京の豆っこ」という有機質肥料にある。おからや、魚のあら、米ぬかを使った自然循環型の肥料である。与謝野町流のエコシステムが完成しているのだが、実は町内でこの肥料を使っている米農家は16%にすぎない。理由は、肥料製造機械の老朽化や故障で、肥料の安定供給ができないこと。また、肥料を使用しても、JAに出荷する農家が多く、「丹後産コシヒカリ」という名で販売される。JAに出荷する理由は、町に米の乾燥貯蔵施設が不足しているため、自由流通したくてもできない事情がある。まさに、高い技術の持ち腐れというしかない。

しかし、思わぬところから、「産業の源流を握る」ことになる。

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シルクの可能性を探るテストケース「シルクボトル」(後ろ)。手前のボトルのラベルはシルクで作られた。

藤吉雅春 = 文 ピーター・ステンバー、砺波周平、岩本良介 = 写真

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