そのイノベーション・アーキテクトの役割を機能させている企業が日本にもある、とミラー教授は指摘する。情報サービス企業の「リクルート」だ。リクルートで斬新なアイデアが次々と形になっているのは、同社が「社内で上手にイノベーション・アーキテクトを活かしているからだ」と、ミラー教授は分析する。
「この会社は、典型的な日本企業ではありません。世界的に見てもユニークな会社です。リクルートの特徴は、若いうちから、社員の起業家精神を養い、責任のある仕事を任せる点です」
その代表格が、瀬名波文野(せなはあやの)だ。2006年に入社した瀬名波は、08年、「最も厳しいビジネスの最前線へ」という希望のもと、HR(人材領域)へ異動。リクルートの人材採用改革に取り組んだ。
その後、「若いうちに海外で挑戦したい」と、12年に英ロンドンへ飛んだ。だが海外勤務の経験がなく、英語をあまり話せない瀬名波に現地の上司は冷たかった。
「『ロンドンで君に任せられる仕事はないよ。いつ日本に帰る予定?』と聞かれたものです」と、瀬名波は当時を振り返る。
そこで、彼女は自分がどのように貢献できるかを考えた。まず、買収した会社の問題点を洗い出した。すると、この会社のビジネスが上手くいっていないことがわかった。そのことを他の社員が知らないことに気づいた瀬名波は、「事実を社内で共有すべきだ」と上司を説得。社内会議を行い、会社の状況を共有した。そして、問題を解決するためのアイデアを社員たちが自由に出しあえるような環境を整備したのだ。
瀬名波は、「組織がどのように機能し、誰がステークホルダーであるか、どのボタンを押せば誰が動いてくれるのか」を理解していた。すなわち、前出の「ステルスストーミング」を実行し、社員の信頼を勝ち取ったのである。
その後、彼女は20代で2つの異なる事業の現地法人社長として、利益改善と組織改革を実現している。とはいえ、これはリクルートに限った話ではない。周りに目を向けてみれば、「イノベーション・アーキテクト」の役割を果たしている人々は随所に存在する。
映画の世界にも「イノベーター」と「イノベーション・アーキテクト」が、互いの力を補完することで成功している例がある。例えば、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督は弟が資金管理をしているから、創作に集中できている。弟は、監督の兄に対して、「脚本に集中して。映画化にいくら必要?資金と役者は僕がそろえるよ」という具合に、イノベーション・アーキテクトとして、兄がクリエイティビティを引き出せる職場環境を整え、支えているのだ。「日本の企業は、もっと若い社員を信用して、権限を与えるべき」と、ミラー教授は主張する。そうすることで、イノベーションがもっと起きるようになるのだと語る。
「イノベーション・アーキテクト」の役割を引き受け、才能ある若い社員に活躍できる職場環境をつくるリーダーがいる会社。そうした企業だけが、激変するビジネスシーンで生き残っていけるだろう。