個別の資産に関しては、さらに厚かましい誇張が行われていた。トランプが88年に本誌に送ってきた文書には、総額5,000万ドルに上る彼の持ち家が列挙されている。ところが、宣誓供述書に記された資産価値は3,000万ドル。そのうえ、4,000万ドルの負債もあった。合計ではマイナスだ。
また、トランプは1億5,900万ドルの株と債券を所有し、そのすべてが抵当に入っていないとも語っていた。しかし、証券取引委員会に提出された書類によれば、彼はそれらを買うために多額の融資を受けており、その後、株価は下がっている。
体面を傷つけられることを嫌うトランプは、ロサンゼルス・タイムズ紙に「フォーブスは、印刷媒体を使って個人的な復讐を行った」と寄稿した。本誌が彼の評判を傷つけ、売り上げを伸ばしたいと願うあまり、「故意に誤った記事」を書いたと主張したのだ。テレビ局にも、「フォーブスは何年もずっと私をつけ狙ってきた」と語っている。
あの暗黒の日々から25年、謝罪するのが何より嫌いなトランプも、今では事実を誇張していたと認める。そして皮肉抜きで「君らは高潔だった」と本誌を評し、こう言い添えるのだ。「『フォーブス400』から外されて当然だった。だから、私は一度も不服を言わなかった」と。実際は不満たらたらだったことを指摘すると、彼は肩をすくめた。「まあ、どうでもいいよ」
トランプ版“現実歪曲フィールド”
取材当日は、訪米したフランシスコ法王がニューヨーク五番街をパレードする日だった。起点はトランプ・タワーだった。そこでトランプは、本誌の取材を早めに切りあげ、パレードを見物してはどうかと言い出した。車列が近づくと、私たちはトランプの選対本部が置かれた5階のバルコニーに出た。
15m下では、数千人の観衆が法王を一目見ようと道沿いに並んでいた。ニューヨーク市のカトリック教徒の数や、法王がアルゼンチン出身であることを考えれば、その半数程度はラテンアメリカ系だろう。トランプの支持層ではない。彼もこの時ばかりは群衆の注意を引こうとはしなかった。
「そんなことをすればバカに見える。今日は法王の日だ」と。とはいえ、身長190cmで、あのたてがみのような髪型だ。そして、大統領候補。どうしたって人目につく。彼はバルコニーから手を振った。ヤジと口笛が響いた。それでもひるまない。「90%は声援だ。90%ならかなりいい。今すぐ選挙があれば、それだけの票が取れる」。
声援も確かにあったが、ヤジの方が明らかに勝っていた。トランプは私たちと同じものを聞きながら、このバカげた感想を漏らしたのだろうか。それとも、自分が聞きたいものしか聞こえないのだろうか?
自分の見たいものを見た後に、その妄想を現実にしてしまう。スティーブ・ジョブズの同僚たちが、ジョブズの“現実歪曲フィールド”という能力についてそう語ったのは有名な話だ。かの“鋼鉄王”アンドリュー・カーネギーはこう述べている。「すべての富や物質は誰であれ、自助努力を通じて手に入れねばならず、それは自分のほしいものを頭の中で明確に思い描くことから始まる」。