「監督、ヤクルト優勝の勝因は?」
インタビュアーから、そう聞かれ、野村監督は、こう答えた。
「いま、野球が荒れとるんですよ。野球には『理』(ことわり)というものがある。もし他の球団が、その『理』通りに野球をやっていたら、ヤクルトに勝機は無かったでしょう」
この含蓄ある答えに対して、インタビュアーは、その言葉の意味を深く受け止めることもなく、こう聞いた。
「監督、やはり、勝因は、『データ重視の野球』ですね?」
この質問に対して、野村監督は、憮然とした表情で、こう答えた。
「『データ重視の野球』ということならば、いまどき、どこのチームも、多くのスコアラーを派遣し、大量のデータを入手して、徹底的に分析していますよ。肝心なことは、その膨大なデータ分析結果の中から、次の試合に勝つためのポイントを、いくつかに絞って掴み出すことです。そして、そのポイントを、それぞれの選手の個性に合わせて、これとこれ、といって分かりやすく伝えてやることですよ」
やはり含蓄のある、この答えに対して、インタビュアーは、何も考えずに、聞いた。
「そのポイントは、スコアラーやコーチが見つけるんですか?」
この問いに対して、野村監督は、呆れたように答えた。
「それは、監督が見つけるんですよ……」
思わず笑いを誘うエピソードであるが、実は、このエピソード、我々経営者にとっては、笑えないものであろう。
なぜなら、この「データ重視の野球」という言葉を、「データ重視の経営」という言葉に置き換えて読むならば、次のように読めるからだ。
「『データ重視の経営』ということならば、いまどき、どこの企業も、最先端の情報システムを導入し、大量のデータを入手して、徹底的に分析していますよ。肝心なことは、その膨大なデータ分析結果の中から、その市場で勝つための戦略を、直観力や洞察力を駆使して見出すことです。そして、その戦略を、決断力と統率力を発揮して、社内で実行することですよ。そして、それは、他の誰でもない、社長の仕事です」
いま、世の中には、「ビッグデータ」や「データサイエンティスト」などの言葉が溢れ、最先端の情報システムや最新のデータ分析手法が、「新たな経営手法」を生み出すと期待されている。
しかし、当然のことながら、どれほど優れた情報システムや分析手法であっても、それが、採るべき戦略を決断してくれることはない。そして、その戦略を実行してくれることはない。
それは、どこまでも、経営者の直観、洞察、決断、統率といった高度な思考に委ねられている。
されば、この企業情報化の嵐の中で、我々経営者が、決して忘れてはならないことがある。
なぜ、企業情報化を進めるのか?
それは、経営者の思考を楽にするためではない。
経営者が、より高度な思考に向かうためである。
この「理」を忘れたとき、経営者は、企業情報化の落し穴に陥る。