子どもの頃の原体験は、ときにその後の人生を決める。BTスリングスビーは、少年時代に目にした光景をよく覚えている。エジプトに住んでいた中学生の頃、学校に向かう道端に4、5人の男が集まり、水タバコを吸っていた。その中に象のように大きな脚をした男がいた。彼は、いつもそこにいて動かない。リンパ系フィラリア症(象皮病・ぞうひびょう)の患者だった。
象皮病は、蚊が媒介する感染症の一種で、悪化すると象のように脚が肥大化したり、皮膚が硬くなったりといった後遺症が残る。感染によって死亡することはほとんどないというが、社会的、経済的なダメージは大きい。見た目のインパクトから偏見に晒されることもあるし、肉体労働者は職を失う。
「健康でなければ、人生が台なしになってしまう」感染症は、患者本人だけの問題ではない。農村地帯で繁忙期に象皮病が流行すれば、食料の生産量を直撃する。貧困ゆえに劣悪な環境で暮らし、それが感染症の蔓延を招く。医療サービスを受けられないために仕事を失い、そのことがさらなる貧困につながる。そうして悪循環に陥っていく。
スリングスビーは15年後、医師になった。だが、患者一人ひとりと接する臨床医にはならなかった。
「内科医として働いたとして、一生かかっても1万〜2万人を診るのが限界でしょう。しかし、個々のケースに対処するのではなく、それをもっと大きな枠組みで捉えたら、より多くの患者にインパクトを与えられると考えました」
ブラウン大学卒業後、大学院に進学。医学・公衆衛生を学び、マクロな医療政策に取り組む道を選んだ。
象皮病は蚊が媒介する感染症で、悪化すると象のように脚が肥大化するなど後遺症が残る。
死亡することは滅多にないが、社会的、経済的なダメージは大きい。