「我々はスタートアップに学んでいます」。GEのジェフ・イメルト会長兼CEOがそう話したのは、日本GE主催のフォーラムに登壇した昨年7月のことだ。富士フィルムホールディングスの会長兼CEO、古森重隆の次のような問いへの答えだった。「時間をかけて製品化しても顧客のニーズとずれてしまうことはありませんか?」
するとイメルトはうなずき、「100%を目指すよりも、いち早く製品を市場に投入して修正を重ねる方が結果的に顧客の利益にかなう。泰然と構えた大企業であっては、この時代を生き残れない」と返し、こう続けたのだ。
「だからGEはいま、シリコンバレー流を実践しようとしているのです」
シリコンバレーで広く浸透している仕事のやり方がある。最小限の機能で製品をつくり、顧客に体験してもらいながらすばやく改良を重ねるアプローチだ。すべては顧客のために。そんなスタートアップのマインドセットをGE流に落としこんだのが「ファストワークス(FastWorks)」である。
きっかけは、日本のトヨタ生産方式に着想を得て無駄のない起業プロセスを説いた『リーン・スタートアップ』(邦訳:日経BP社刊)の著者、エリック・リースのサイン会だった。そこで、リースの考えにGEのイノベーション推進責任者、ビビアン・ゴールドスティーンが共鳴したのだ。
「私はリースが提唱する“ラピッド・エクスペリメンテーション(すばやい実験)”に関心を持っていました。この話をイメルトCEOに持っていくと、彼もこのアイデアを気に入ってくれました。『構築—計測—学習』に焦点をあてたリースのアプローチを試してみようということになったのです」
スタートアップのようなスピード感を実現する。そんなミッションを担うファストワークスは、構築—計測—学習という3つの要素から成り立っている。このサイクルを高速で何度も回し、製品の完成度を高めていくのだ。
だが、それは顧客のために文字通り「すばやく働く」ことを意味する。これまでのGE流の働き方とはまるで違う。同社の品質管理手法「シックスシグマ」は、「Right First Time(最初から適切に行う)」というプロセス。それを身につけた社員ほど、ファストワークスに疑問を感じるのは当然だった。
「最初は懐疑的な声もありました。従来の製品開発プロセスでは、必要な人員や予算はプロジェクトの承認と同時に大きく割り当てられていました。しかし、それでは顧客ニーズや市場の変化に『すばやく』対応することはできません。そこで、ベンチャー投資会社のような手法、すなわち目標を達成するごとに次の段階に必要なリソースを投入していくことにしたのです」
開発の早い段階で顧客ニーズを検証し、見込みのある解決策はすぐに試す。一方で、それが適切だとわかるまで人材や資金の配分は抑えて無駄を省く。ファストワークスは複数のプロジェクトを同時並行に走らせ、実験を経て徐々に有望株を絞り込み、そして成長分野を見極めていくのだ。
ファストワークスはあらゆる事業部門に広がった。そのひとつ、GEヘルスケア・ジャパンの「AYUMI EYE(アユミ・アイ)」は介護施設のリハビリ利用者向けに開発した歩行診断システムだ。通常なら1年を要する開発期間を3か月に短縮することができた。
ゴールドスティーンは言う。「ファストワークスは仕事への責任感や効率化の大切さを社員に浸透させました。実際にこの価値観が顧客の満足度を高め、仕事のスピードを加速し、パフォーマンスを向上させることになったのです」