社員をイノベーターに変えるアドビの「魔法の箱」

アドビのレッドボックス(ラミン・ラヒミアン = 写真)

3年前、アドビが始めた“起業家発掘”プロジェクトが大きな反響を呼んでいる。リスクを最小限に抑えつつ、成功するビジネスを生み出す方法とは。

「フォトショップ」や「イラストレーター」など、クリエイター御用達のツールの数々を世に送り出してきたアドビ システムズ。その同社で3年前、社内起業を促す画期的なイノベーション・プログラムが開発され、話題を呼んでいる。「アドビ・キックボックス」と呼ばれるそのプログラムは、かなり大胆かつ奇抜な内容だ。

参加希望者は、社内で開かれるワークショップに参加し、そこで1,000ドル(約12万円)のプリペイドカードなどが入った赤い箱(通称レッドボックス)を渡される。そのお金を使って、自分が考えたビジネスのアイデアを自由に試していいというのだ。誰でも参加でき、上司の許可は不要。完成までの期限もなく、失敗してもペナルティーはない(そもそも参加していることをだれかに話す必要がない)。1,000ドルの使途についても会社への報告義務すらないという(遊んで使い果たすこともできるということだ)。

まるで“予算のばらまき”のようなプログラムだが、ここからストックフォト「フォトリア」の買収につながったプロジェクトや、学習動画投稿サイト「アドビ・ノウハウ」などが生まれているという。

キックボックスの生みの親で、同社のクリエイティブ担当副社長を務めるマーク・ランドール(53)は「アドビ・ノウハウがキックボックスから生まれたことは、僕自身も知らなかった。あとで人づてに聞いたんです」とほほ笑む。

2013年はじめに開始したこのプログラムには、これまで社内で約1,300人が参加してきた。

参加者が手渡されるレッドボックスの中身は、プリペイドカードのほか、タスクが書かれたカード数枚、時間を計るタイマー、ポスト・イット2つ、さらに(米企業らしく)スターバックスのギフトカード(10ドル)やチョコレートバーまで入っている。

参加者は、いったんこの箱を受け取ると、あとは自分自身がプロジェクトの“CEO”となり、道を切り開いていかなくてはならない。その際に、参照するのがカードに書かれたタスクだ(コラム参照)。レベル1から6まで、ステップを順に踏みながら進んでいくことで、自分のアイデアを磨き、検証し、優れた事業計画へと昇華させていく。

最終段階のレベル6で、参加者は重役にピッチ(プレゼン)する。これをクリアし、社内の承認が下りたら、いよいよ商品化へ……とはいかない。今度は青い箱(ブルーボックス)が手渡されるからだ。プロジェクトにもよるが、通常1万〜5万ドル程度の予算がつき、より本格的な検証へと進むのだという。

ブルーボックスの中身は参加者によって一人ひとり違っているため、何が入っているかは定かではない。これまでキックボックスに参加した約1,300人のうち、ブルーボックスを受け取ったのはまだ24人にすぎない。またブルーボックスにたどり着いた人の半数は、レッドボックスの段階で1回は失敗している、とランドールは語る。

「参加者には失敗させたいんです。なぜなら、失敗から多くを学べるから。キックボックスを使えば、すばやく、安価に失敗できる。それに失敗しても誰にも知られないから、キャリアに汚点がつくことはありません。ノーリスクです」


元・連続起業家のマーク・ランドールは3番目の会社が買収されてアドビに入社。自らの体験をもとに“イノベーションの起こし方”を体系化し、キックボックスを考案した。

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増谷 康 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.20 2016年3月号(2016/01/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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