―椎名さんから見た、波多野聖氏の原作小説、そしてドラマの魅力は?
椎名:普段、我々が懇意にしている、近所の銀行があるわけじゃないですか。そこには、経営者ではない、いわゆる市井の行員がいる。例えばドラマの中では総務部の二瓶正平(桐谷健太)のような、エリートではない、ピラミッドからこぼれ落ちた人物の家庭も描かれ、一つの人間ドラマとなっている。一方、銀行では銀行で、違った世界観の、巨大組織のパワープレイの人間ドラマが展開する。異なる世界での人間関係が同時並行で物語を紡いでいく。それが今回のドラマの非常に大きな強みになっていると思います。
波多野:まさにそうですね。今回でいえば、4つの銀行が合併してできたメガバンク。そこには厳然たるピラミッド構造がある。しかし、その中には、4万人の行員が働いていて、その後ろに3倍以上の数の家族がいる。皆、結局そのひとつの大きな世界の中にいるのだ、ということを、私は小説の中で描きたかった。
恐らく、過去25年で、最も激変したのが、銀行業界。バブルがあり、崩壊があった。それまでは、銀行員はエリートの象徴で給料もよかった。しかし、急転直下にそれを失い、生活レベルも急速に落ちていく。世間の目も厳しくなる。家族との関係も変わっていく。しかし、よくも悪くもそういう個人や家族という土台があってこその、大きな組織なのだ、ということ。一人は全員のために、全員は一人のために、という組織の宿命が、ドラマにもよく表れていると思います。
椎名:今回は、メガバンクという大きな企業だけれども、それは中小企業に置き換えても、ある種同じではないかと。
波多野:全くその通りです。自分の中で小説のテーマとして一貫して持っているのは、「日本人を“したたか”にしたい」ということ。今の日本人は、戦わなければならない。グローバルに。そこでは、整った武士道のような美徳だけでは通用しない。ナイーブさは捨てなければならない。ビジネスの世界は今、戦国時代なのです。
椎名:江戸時代の武士道、昭和の男気、そういったものは通用しない世の中が来ている。この「平成」を、どう生きていくんだ、という。新しい誇りをもった生き方の中で〝したたかさ″は重要ですね。しかし、日本人の中で〝したたか″とは、悪い意味でとられることが多い。
南米のサッカーには、ずる賢いプレーや狡猾さを意味する「マリーシア」という言葉がある。レベルが高くなれば高くなるほど、こういったことは必要となるのではないでしょうか。先生の小説の中でもぜひ、新しい“したたかさ”を表現していただきたいですね。かっこいい言葉はありますか?
波多野:Tactical(戦術上の、駆け引きが上手い)というような言葉があります。
椎名:「タクティカル」。いいですね!ぜひ流行らせてください。新連載の「バタフライ・ドクトリン」でも、そのようなことが描かれているのですか?
波多野:新連載の方は、それを超えて、かなりスケールが大きいです。ネタバレになるので少ししか言えませんが、「バタフライ」は、老荘思想の荘子の説話「胡蝶の夢」から取りました。「胡蝶の夢」は、今まで司馬遼太郎が本のタイトルに使用したりなど、ある一定の層にはよく知られています。しかし、荘子が一体どのような人物だったのか、特に若いころのことはよく知られていない。小説の中では、荘子の若い頃と、国債暴落によって裸一貫となった2022年の主人公、辰野怜がリンクするんです。
椎名:時空を超えて?
波多野:そう、2,300年の時空を超えて。しかも、「日本小説史上最強最悪の女」である運天亜沙美というライバルがいて、これがまたすごいんです。
椎名:これは……また僕が演じなければならないですね(笑)。
波多野:「バタフライ・ドクトリン」は、これからの金融情勢の予言の書ともなりうるのではないかと思っています。ファンドマネージャーというのは、企業の、ひいては世界の未来を予測しなければならない。25年その世界でやってきた私自身が考える、非常に怖い予測というものがあります。特に金融の世界で。
実際にそれが起こった時、我々自身がどうしなければならないのか、というところまで、僕はこの小説に描こうと思っています。何もかも奪われた人間が、次を、生きる。すべてを失くしてゼロから這い上がる。これこそが、「究極のしたたかさ」ではないでしょうか。
椎名:「リアル・タクティクス」ですね(笑)。とても楽しみです。今も書いていらっしゃるんですか?
波多野:まだ連載第1回目が終わったところです。1年間で1章を仕上げる予定です。
椎名:ということは、本になるのはまだまだ先ということですね。
波多野:そうですね。
椎名:楽しみにしています。映像化は…民放では難しそうな内容ですね(笑)。ハリウッドで映画化が決まりましたら、ぜひお声がけいただきたいですね。
波多野:ありがとうございます。桂専務の貫禄を見事に演じておられる椎名さんからすると、辰野玲は少し若すぎるかな?
椎名:いやいや、何をおっしゃる!40代も大丈夫ですよ(笑)。
波多野:そうですね。ドラマも、これからさらにディーリングルームの熱いシーンが繰り広げられそうですね。椎名さんが演じられる桂が楽しみです。
椎名:ありがとうございます。引き続き楽しみにしていてください。
椎名桔平◎1964年、三重県生まれ。86年21歳の時に俳優デビュー。93年の映画「ヌードの夜」で注目を集め、以降多数の作品に出演。99年『金融腐蝕列島 呪縛』では、日本アカデミー賞助演男優賞など、数多くの賞を受賞。
波多野聖◎1959年、大阪府生まれ。内外の投資機関でファンドマネージャーとして活躍後、2012年、角川春樹に見いだされて小説家デビュー。最新刊に『メガバンク最終決戦』(新潮文庫)、『本屋稼業』(角川春樹事務所)など。
日曜オリジナルドラマ「連続ドラマW メガバンク最終決戦」
2016年2月14日(日)スタート(全6話)[第一話無料放送] 毎週日曜 夜10時
監督:古澤健 佐和田惠 脚本:杉原憲明 音楽:大間々昴 出演:椎名桔平 桐谷健太/大石吾朗 利重剛 緒川たまき 石橋凌ほか