超簡単な健康法の「暗黙知」とは何か?

illustration by ICHIRAKU (Ryota Okamura)

「暗黙知」と「形式知」。経営論で語られるこのキーワードにこそ、「究極の健康」を追求するヒントがあるという。言葉では伝えられない健康とは―。

言葉にできない「知」をご存じだろうか?

ブダペスト生まれの医学博士で社会学者でもあるマイケル・ポランニーは、言語化されない「知」を「暗黙知」という概念で提唱した。それに対して文字や言葉で伝えられる知識を「形式知」という。教科書で学ぶ知識は、形式知である。

例えば、就業時間が終わると全員がさっと帰ってしまう会社と、定期的に食事会や飲み会がある会社では、間違いなく飲み会のある会社のほうが業績が伸びる。その理由は、飲み会での「場」が言語化できる知識以外の情報の交換場所となるからだ。

私がいた外科医局でも同じことを感じた。手術の術式の本を何回読んでも、あるいは、画像や映像を何回観ても、絶対に手術はうまくならない。実際に、人を切って、腹の中の生温かい内臓に触れて、拍動を視野の中に感じて、緊張の中で出血を止めながら、助手や機材出しの看護師の気配を感じることを、何百回も体験して、勘を磨きながらうまくなっていく。

私が患者の立場であれば、学会に何度も出たり、論文で文字をたくさん書いただけの執刀医にはかかりたくない。学会で学べるのは形式知だけである。

手術に付随する生理学や解剖学などの形式知は、医学部で基礎として積み上げていく。一方、東洋医学は、暗黙知の部分が多い。熟達するには、漢方ができる先生の横で陪席をするしか方法はない。将棋の棋士や芸能人のような熟達した人と場を共有して暗黙知を習得する弟子のようなものだ。

ビジネスマンでもそうだろう。情報量で人を超えることばかり考えがちだが、それだけでは足りない。仕事ができる人の「うつわ」「品格」のようなものを感得するためには、一見無意味だと思うような出会いや、時間の共有を大切にするしかないのだ。

でも、どうやって? そう、暗黙知は文字には書けない。本や人から出世の仕方を学ぶことができない。出世指南書的な自己啓発本が役に立つと思えないのは、そもそも本では暗黙知を得られないためだ。

お薦めの簡単な方法がある。自分がなりたい人とできるだけ一緒にいることだ。場の共有をすることで、文字にできないいろいろな情報が体に染み込んでくるはずだ。

健康も同じである。いまほとんどの重篤な病気は、がん、高血圧、糖尿病などの生活習慣病だ。病気は習慣で起きる。単純にまねをしたり、場を共有するだけでも健康になるが、もうひとつの奥義がある。痩せたいなら、ただ痩せている人と場を共有するのではなく、仕事ができるうえに、スポーツをして痩せている人など、局所ではなく、生き方のスタイル全般を目指せるような人と一緒に過ごすこと。実はそれが大切なのだ。

さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。北里大学東洋医学総合研究所で診療するほか、世界各地に出向く。著書に『カラダにいいことをやめてみる』(講談社)


編集 = 藤吉雅春

この記事は 「Forbes JAPAN No.19 2016年2月号(2015/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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