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2016.02.14

中国経済の頭脳が明かす「景気減速」の本音

(左)川村雄介 (右)李揚


純資産は100兆元超

川村:リーマン・ショックの際には、中国政府による4兆元の財政出動が世界経済を救ったといわれています。しかし、その反動で大きな不良債権や過剰な設備投資が生じ、中国の成長率は10%から6%台に減退しました。不良債権や過剰設備の償却、就業率アップが急務ですが、中国政府はどのような考えで政策を実施しているのでしょうか。

:急所を突いた良いご質問です。確かに今後、不良債権の処理問題や雇用問題が生じると思います。15年は不良債権比率が上昇しており、16年も続きそうです。総合的な対策が必要になるでしょう。

不良債権処理には、良質の債権が必要です。また、企業の倒産や就労問題にも絶えず直面することになります。ただし、中国の総資産は14年末の段階で負債額をはるかに超えています。国家の純資産は100兆元以上ですが、そのうち流動性の高い純資産は28兆元程度。不良資産や失業問題解決の際の物質的基礎となります。ですから海外にも、中国の純資産は1.5回の金融危機に対応するに足るという分析があるのです。

川村:いまから15〜16年前、中国の国有銀行は四大銀行を中心に不良債権で大変苦しめられました。当時は不良債権の受け皿会社を作って処理しましたが、経済は10%を超える高度成長を遂げていました。成長率が当時の半分ほどになった現在でも、政府のバランスシート内で吸収できるという理解でしょうか。

:じつは13年に、習近平国家主席は、こんな発言をしています。「過剰生産力は負の資産ばかりではない。多くは鉄筋コンクリートなどインフラ整備の分野に関連する生産力だ。それを都市インフラの建設など国土整備に活用できれば過剰ではなくなり、中国は今後10〜20年は成長を維持することができる。つまり現在やるべきは、都市インフラ建設において投資と融資を行うことなのだ」

中国は現在、まさにこれに関連した法整備を行っています。それによって今後数十年間は経済成長を続けていけるでしょう。新しい分野の工業やサービス産業、インフラ建設が関係してくるので、投融資メカニズムを作ってそれをサポートすることが重要になってきますね。

TPPは脅威ではない

川村:習近平政権になって世界的に注目されている政策に「一帯一路」戦略とAIIB(アジアインフラ投資銀行)があります。日本やアメリカは、一帯一路は対外的なマーケットの拡大による国内の過剰生産力の解決策なのではと言っています。

:確かに私たちは過剰生産力問題を解決しようとしていますが、一帯一路の沿線諸国にもニーズがあるのです。リーマン・ショックによる金融危機以来、世界中でインフラ投資が不足しています。日本や欧米などの先進国ですら老朽化が進むインフラの更新投資が必要になっています。AIIBは、インフラ整備、インフラ開発など、そうしたニーズに応えるものだともいえます。

中国は「一帯一路」政策に続いて「シルクロード基金」を立ち上げ、AIIBの設立も呼び掛けましたが、これらは世界的に歓迎されています。それは現在、世界的にインフラと資金が不足しているためで、一帯一路、シルクロード基金、AIIBがまさにこれらの問題の解決に貢献できる政策だからだと考えます。

川村:興味深いことに、14年から15年の春先、AIIBについて日本国内の議論は日本が参加するか否かについて二つにわかれました。私は、日本は積極的にAIIBの創設メンバーになるべきだという意見で、日本政府の中枢でも同意見の人は少なくありませんでした。

:中日両国の政治家はすでに答えを出しているのではないでしょうか。「島」の問題などで中日間は政治的に冷え込んだ時期がありました。しかし、外相レベルの交流も、克強首相と安倍晋三首相との会談も再開しました。アジアの平和と発展のため、中国と日本には大国としての責務があるということを両国の政治家は意識し始めていると思います。

川村:同感です。私は、日本の中国経済、中国の戦略に対しての見方には偏りがあると感じています。日本側は「島」の問題の発生以降、中国がアクションを起こすことイコール日本が攻撃対象になっていることと受け止めるようになっています。このギャップは取り払う必要があるし、その意味でシンクタンクや民間の透明性のある交流が重要だと思っています。

:おっしゃる通りです。最近は民間、とくに中国人観光客も行動でそれを示そうとしていますね。「爆買い」によって。

シンクタンク間の交流も行われ、中日両国の提携について模索しています。じつは1週間前、共産党中央委員会と国務院がシンクタンクについて新しい政策を打ち出しました。国家クラスのハイレベルのシンクタンクを作ろうというのです。

川村:素晴らしいですね。ところで、TPPについてはどうお考えですか。

:私は中国にとってTPPはチャンスではないかと考えています。TPPの新たなルールの中には、現在の中国の経済発展の方向と合致したものがあります。労働者の労働条件、国有企業の問題や役割などです。現段階では受け入れがたい規定もありますが、今後は対応できるようになるでしょう。

3年前に発足した上海自由貿易区はTPPへの対応策の一つです。上海自由貿易区には二つの大前提があります。一つは国民の所得レベルのアップ。もう一つは、自由化リストを除外項目だけをリストアップするネガティブリストに変更すること。つまり、中国はすでにTPPの原則を部分的に実施しているのです。

また、アメリカとの間では5年前から中米投資貿易協定の協議をすでに24回実施しています。貿易と投資分野に関する内容で、TPPとほとんど変わりません。

次世代の高倉健、香蘭を

川村:14年、女優の李香蘭(山口淑子)さん、俳優の高倉健さんが相次いで亡くなりました。どちらも中国では大変人気で、日中間で誤解が生じても、彼らが解決してくれた部分がありましたが、いま、お二人に相当する日本の芸能人、文化人はいないように思います。

また、最近は中国から多くの旅行者が訪日し、日本文化に接している半面、日本から中国への旅行者は減っています。増やすには象徴的な文化人、芸能人等が必要ではないでしょうか。

:高倉健さん、山口淑子さんに匹敵するような文化人や芸能人は、いまの日本にはいませんね。一方、中国と韓国の間では、中国での韓流ブームがあり、両国のタレントが行き来し、スター同士が結婚することもあるほどの関係にあります。なぜ「韓熱日冷」なのか、考えてみる価値はあると思います。

中国では数年前、北海道を舞台にした中国映画『狙った恋の落とし方。』が大ヒットしました。雄大な大自然を背景に、人情味豊かな人物が描かれた作品で、この映画のヒットをきっかけに多くの中国人が北海道を旅するようになりました。こうした文化面の交流は良好な日中関係の構築を支えるものとなるでしょう。



李揚 / リー・ヤン◎中国の経済学者。中国社会科学院前副院長、国家金融発展実験室理事長。1989年より中国社会科学院で研究活動を重ねる。2003〜09年に中国社会科学院金融研究所所長、09〜15年に中国社会科学院副院長を歴任。

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編集 = 藤吉雅春、森裕子

この記事は 「Forbes JAPAN No.19 2016年2月号(2015/12/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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