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2016.02.12 07:01

人口63万人のシアトルが成長した理由[川村雄介の飛耳長目]

Andy Tam / Shutterstock

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シアトルは世界でも有数の清澄な美しい都市である。アラスカに通じるオーロラ街道の橋を降りてユニオン湖沿いを数分走ると、ガラスを多用した瀟洒なビルが目に入る。ワシントン大学ロースクール、名称をWilliam GatesHallという。

マイクロソフトのビル・ゲイツ氏らが寄贈した高価な建物だ。ゲイツ氏はシアトル育ち、その父親が米国西海岸で高名な弁護士のWilliam H. GatesSr.である。同ロースクールのOBであり、このホールは彼の名を冠している。

1980年のクリスマスだった。当時、ここで学んでいた私はコース主任のヘンダーソン教授にランチをご馳走になっていた。教授はターキーサンドを頬張ると、「学部長が若い起業家を紹介してくれたんで、少し出資することにしたんだ。ビルと言ってね。毎日夜更けまでガレージでごそごそ作業をしている長髪のちょっと風変わりな男だよ」。

数年後、来日したヘンダーソン教授はアメリカン・クラブでもターキーサンドを注文し、「例の変人ビルのおかげで、別荘を建てたよ。ビル様様さ」。元手は『変人ビル』のマイクロソフト社新規株式公開で手にしたというのである。

米国人がリスク投資に前向きなのもうなずける。現に米国人の家計ポートフォリオの6割を株式や投資信託などの有価証券が占めている。

半面、日本人はかねてから投資より貯蓄を好み、リスク投資には後ろ向きだ。80年ごろの個人金融資産に占める有価証券の割合は、3割に満たなかった。過半が現金・預金である。そこで、金融構造を格段に市場化して家計も積極的にリスク投資に向き合えるようにしようと試みられた。いわゆる日本版の金融ビッグバンである。配当や売買益の税率を本則の半分にする措置もとられた。

だが、従来の構造はほとんど変わらなかった。どうも根本原因は日本人の意識、あるいは投資知識の絶対的不足にあるのではないか。多くの関係者がそう考えた。そこで全国津々浦々で実施されたのが投資教育運動であった。日本証券業協会、東京証券取引所、大手証券会社が競うように投資教育に注力し、金融庁も積極的に支援した。

対象は社会人にとどまらず、大学生、中高生、さらには小学生にまで及んだものである。数々のテキストや解説書、ビデオがつくられ、現役の証券会社スタッフが講師として日本中に派遣された。高校の教科書の中で、わずかながら投資にかかわる説明も挿入されるようになった。それでも日本人の「6割現預金、3割証券」の金融資産構成は微動だにしなかった。背景には長引くデフレ下では、下手にリスク投資などで火傷をするより、現金を持っているのが一番、というムードがあった。

けれどもようやく人々も目覚めようとしている。まず、ラップ口座の著増である。これは資産運用を証券会社に一任するもので、個人がそのライフプランやリスク許容度について営業員と相談したうえ、個々の細かい資産配分や運用は証券会社に任せるものである。残高はこの1年間で2.3倍の増加を示し、5兆円を超えている。

もうひとつ顕著な現象が少額投資非課税制度(NISA)の定着だ。NISA口座では年間100万円までの株式や投資信託などの売買益や配当収入に税金がかからない。導入後1年余りで口座数は1,000万を超えた。4月からは子ども向けのジュニアNISAがスタートする。年間80万円まではNISAと同様の税メリットがあり、将来成人したら本人が受け取れる。資産の世代間移転の手法としても注目されている。

NISAの限度額は年明け早々に120万円に引き上げられる。NISAもジュニアNISAもさらに使い勝手の向上が進められていくはずだ。

いまや公的年金だけでは心もとない。運用難もさることながら、かつて現役10人でシニア1人を見ていた構造が、遠からず2人で1人を支えなければならなくなる。また個々人の収入を増やし日本社会を一段と豊かにするためには、成長資金を潤沢に供給しなければならない。結局は日本経済の成長に資する国民一人ひとりの金融行動が決め手になると思う。

静穏で上品な町、シアトル。ここからはマイクロソフトばかりでなく、アマゾン、スターバックス、さらにはコストコなど世界に名だたる成長企業が数多く生まれている。ヘンダーソン教授のような成功体験をもつ個人が増えること。それが何よりの投資教育かもしれない。


川村雄介◎1953年、神奈川県生まれ。大和証券入社、シンジケート部長などを経て長崎大学経済学部教授に。現職は大和総研副理事長。クールジャパン機構社外取締役を兼務。政府審議会委員も多数兼任。『最新証券市場』など著書多数。

文 = 川村 雄介

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