引き続き重要な「第3の矢」
高野:最後に、日本についてお尋ねします。1年前、期待するとおっしゃっていたアベノミクスについて、これまでのところどう評価しますか?
ゼーリック:アベノミクスを論じる前に、安保法制に関して安倍晋三首相が取った行動は極めて重要だったと言いたいですね。
高野:一部の日本人はこれを憂慮しています。
ゼーリック:しかし、世界を取り巻く安全保障上の不確実性に鑑みれば、日本が傍観者となるような取り決めを結んだままでは、アメリカの艦船などが危険にさらされる恐れがありました。それでは両国の長期的な信頼関係が損なわれていたでしょう。あの措置は戦略的に重要だったと思います。
アベノミクスに関しては、上首尾と不首尾が入り交っていますね。
高野:日本企業の収益力はかなり向上し、賃金も一定程度上がっています。
ゼーリック:ですが、それは一部のセクターにとどまっています。二極化した労働市場の構造的硬直性に対処することが今後の課題になるでしょう。
もう1つの問題点は、多くの日本企業が先行き不安感から、国内ではなく、国外に投資してきたことにあります。私はTPPが構造改革の一助となることを期待しています。今後、日本の経済成長率が3%に達することはないでしょう。労働力人口が増えない場合、名目成長率は低いインフレ率と生産性の伸び率の組み合わせで決まるのです。
高野:労働力人口の構造的な問題に関して、安倍首相はより多くの女性の就労を奨励しています。
ゼーリック:重要な方針ですが、実現には時間がかかります。日本とヨーロッパにおける女性の労働参加率を分析したスウェーデンのアンダシュ・ボリ元財務相によれば、日本女性の労働参加率が欧州全体並みになれば、GDPは約8%増加するそうです。
高野:目下の問題は、日銀の黒田東彦総裁が追加的な金融緩和に踏み出すか否かということですね。
ゼーリック:時期はわかりませんが、欧州中央銀行(ECB)も追加的措置を決めています。半年以内に日銀が追加緩和に打って出る可能性は高まりました。
どの国について論じるにせよ、私が訴えたいのは構造改革の必要性です。日本でもアベノミクスの第3の矢は引き続き最も重要なものであり続けるでしょう。
物語は、まだ終わっていないのです。
ROBERT ZOELLICK / ロバート・ゼーリック
2007年から12年まで世界銀行第11代総裁。ブッシュ(父親)政権で国務省顧問や大統領補佐官を務めた後、ジョージ・W・ブッシュ政権の誕生とともに、通商代表、国務副長官を歴任した。中国と台湾が世界貿易機関(WTO)に加盟する際に中心的役割を果たしたほか、アメリカとFTA(自由貿易協定)を結ぶ国を5倍に増やした。過去には、ドイツ統一への尽力から、ドイツより功労勲章(大功労十字星章)を授与されている。