日本は「構造改革」から逃げてはいけない

illustrations by Masao Yamazaki



最優先事項は中国共産党の存続

高野:次に中国についてお尋ねします。中国の経済成長について「6.8%などとんでもない。4%か、へたをすれば3%だ」と言う人々もいますが。

ゼーリック:まず、習近平(シーチンピン)の最優先事項は共産党の存続だということを念頭に置いておく必要があります。彼は、経済改革の傍ら、汚職撲滅のキャンペーンに力を入れています。旧ソ連崩壊の教訓を大切にしていくでしょう。彼にとって8,668万人の中国共産党員は改革の最前線なのです。その優先順位を理解すれば、問題へのアプローチが違って見えてきます。

高野:改革によって輸出中心の経済から、より国内消費に比重を置いた経済に変われるのでしょうか。

ゼーリック:国内需要へのシフトが必要であることは中国の指導層も理解しているはずです。そのために消費やサービスを拡充し、輸出依存度を下げる。彼らはこれを7〜10年の長期的な課題と捉え、日本や韓国などの先例も研究しています。

もちろん改革は容易ではなく、時には既得権益を持つ層が抵抗勢力にもなります。それでも五中全会(第18期中国共産党中央委員会第5回全体会議)では改革への決意が表明されるでしょう。

高野:中国政府が15年8月に行った市場介入についてはどう考えますか。

ゼーリック:問題は、改革が難航し、成長が鈍化する中で、共産党内の中に株価の上昇を政策に対する是認だと見なす人が現れた点です。これが大量の個人投資家の参入を招きました。改革派でさえ、株式市場はIPOを通じて政府を支えてくれる、国有企業株の売却に役立つかもしれないと考え、株価の高騰を容認したのです。

高野:そして株価が下がり始めた……。

ゼーリック:すぐに、おそらく高いレベルの人々が下支えを決めました。方法と時期に明確な合意があったとは思えませんが、いったん介入すると失敗という結果では終われなくなってしまった。無秩序で非効率な上に高コストで時機を逸した介入を指揮した高官たちは、すでに失敗の責任を取らされたようです。

高野:中国の構造改革は今後も続くでしょうか。

ゼーリック:続くでしょう。全体会議の結果には、常に注目していく必要があります。13年開催の三中全会では326項目の改革目標が掲げられました。

高野:環境問題などにも触れていましたね。

ゼーリック:大気が汚染されて子供たちが病気になるなどして不安が広がれば、党の正統性が揺らぎます。ですから、環境の改善にも、代替エネルギーにも真剣に取り組むはずです。

楼継偉(ロウジーウェイ)財政相が注力している税制改革も課題の一つです。近代化、財政連邦主義化の一環であり、中央政府と地方政府に歳入と歳出の権限を分担させることで安定化を図るものです。

高野:中国にとって重要な労働者の移動、つまり戸籍制度の問題も改革目標になっていました。

ゼーリック:さまざまな試行錯誤が行われています。地方出身の労働者を全員、すでに過密状態の上海や北京に来させるわけにはいきませんからね。

国有企業の改革も大きな課題です。ガバナンスの改善、民営化の推進、人的資源に関わる政策の改革など、30年前のシンガポールがモデルです。

高野:当時シンガポールは、多くの国有企業を政府系持ち株会社「テマセク」の傘下に置きました。

ゼーリック:ただし、テマセクは非常にプロフェッショナルに経営を行い、政治の介入を許しませんでした。中国でそのやり方が可能なのかどうか、現状ではわかりません。

金融セクターでも改革が求められています。この点は、中国人民銀行の周小川(ジョウシャオチュアン)総裁が規制緩和の方向に動いてきました。

高野:この夏の為替制度の変更には、人民元の最小限の切り下げで一定の“ガス抜き”をしようという意図があったと思われます。

ゼーリック:悪い政策ではなかったと思います。ただ、株式市場への介入と同時に行ったため混乱が生じた。

中国にとって、金融市場の改革と資本市場の自由化に向けた現在のステップは重要だと思います。ただ、結果的に資本が流入するのか、流出するのかが読めないという難しい面があるのです。

高野:中国は、短期的には現状の為替レートの維持に努めるのでしょうか。

ゼーリック:おそらく。しかし、日本を含む他の国々でさらなる通貨安が進めば、問題に直面する。そう考えると中国経済は、間違いなく短期では多少スローダウンするでしょう。

アメリカのピーターソン国際経済研究所にニコラス・ラーディというエコノミストがいます。彼は30年にわたり中国経済を研究し、14年に『毛沢東時代以降のマーケット』(原題:Markets Over Mao、未邦訳)という本を出版しました。

高野:資産のリターンや雇用、成長などの観点から見た中国の民間セクターの重要性が示された優れた本でした。

ゼーリック:中国の指導層も、その重要性を認識しているはずです。民間セクターにはサービス産業などの比較的新しい産業が多いのですが、旧来の重工業からの資本移動はスムーズではありません。しかし習近平自身も、「中所得国の罠」を逃れるためにはそれが必要だと述べています。

世界銀行は、私が総裁を務めていた08年に101の国々を調査しました。それらは、60年当時中所得国と分類されていた国々です。しかし、約50年後の08年に高所得国の仲間入りをしていたのは13ヵ国。そのうち1つはギリシャでしたから、12ヵ国と見てもいいかもしれません。

高野:案外少ないのですね。

ゼーリック:生産性の伸びや労働力人口を維持しながら、より高い発展段階にステップアップするのは大変だということです。現在の中国では、単に仕事を生み出すことではなく、いかに付加価値の高い仕事を生み出すかが問われるのです。

高野:だから短期的には中国経済は減速すると見ていらっしゃるのですね。

ゼーリック:もちろん彼らはそれに対処するツールを持っています。中央銀行や金融政策関係者はすでにいくつかの手を打っており、さらなる措置を講じる余地もあります。何しろ準備金や資源は膨大ですから。真の問題は、ツールをいかに使うかでしょう。

注視すべきは彼らが長期的に構造改革への取り組みを続けられるか。指導層もその必要性は理解していますが、それは簡単ではありません。

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高野真 = インタビュー

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