日本は「構造改革」から逃げてはいけない

illustrations by Masao Yamazaki

編集長インタビュー2 ロバート・ゼーリック(前世界銀行総裁)

「中所得国の罠」に対処できた新興国は長期的に成長を続ける

明るい材料がこれといって見当たらない、先の見えない時代を生き抜くためには、各国がそれぞれに、構造改革に取り組み続けるしかないのだ。

前回のインタビューで、地政学と経済の観点から構造改革への継続的取り組みの重要性を唱えたロバート・ゼーリック。アベノミクスの「第3の矢」に対して大きな期待をかける一方で、チャレンジに対して過度に慎重になる傾向のある日本人の気質を不安要素として挙げた。1年が経った今、ゼーリックの目から見た世界の情勢はどのように変化したのだろうか。関係の深い中国の現状と今後に対する考察を中心に話を聞いた。

高野 真(以下、高野):前回は、現行の経済的な枠組みと地政学的な課題について論じてくださいました。この1年間で、世界はどのように変わったと考えていますか。

ロバート・ゼーリック(以下、ゼーリック):世界経済は不確実な情勢にあると思います。極端な金融政策をとらざるを得なかった金融危機の余波から、いまだに抜けだせていないことがその一因です。連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに転じた時、国であれ企業であれ、改革に取り組んでいるか否かで大きな開きが出てくるでしょう。

高野:地政学的リスクは単一の地域の問題ではなく、世界的に存在し、連動するということですね。現状を見て、最も懸念される地域はどこですか。

ゼーリック:まずは、イスラム国(ISIS)ですね。彼らが生みだす危機はシリアやイラクだけではなく、北アフリカなどにも広がるでしょう。ロシアの介入はアサド大統領の支援にはなっても、長期的には中東の闘争と流血をさらに激化させるはずです。

高野:ロシアの動きからも目が離せません。

ゼーリック:ロシアはウクライナに侵攻し、クリミア半島を併合し、広義での冷戦終結以来の秩序を壊しました。バルト三国にとっても脅威であり、世界にとっての不安要因となっています。

それから海上での影響力を強める中国です。中国がアジア太平洋地域の盟主になろうとすれば、近隣の日本、東南アジア諸国、インドなどから敵対的反応が起こることは避けられない。

高野:中国についてはサイバー攻撃による新たな紛争も生まれています。

ゼーリック:サイバー攻撃は諜報活動や産業スパイなどの手段になるばかりではなく、紛争の一形態になる可能性を秘めています。サイバー攻撃によって、金融危機を引き起こすことも可能です。

またヨーロッパでは、難民の問題が経済的にはもちろん、社会的・政治的にも破壊的な影響を及ぼしています。これは左右両派でポピュリスト的な性格を持つ政党が台頭しているからです。さらに、北朝鮮の危険性は今後も変わりません。

高野:現在、新興市場はどこも苦境にあり、彼らが抱える問題が先進国にも還流しています。

ゼーリック:2015年は1988年以降では初めて、新興市場における資金の流れが流出超になると予想されています。この10年間、新興市場には年間1兆ドルほどが流れ込んでいました。その間に「中所得国の罠」などの問題に対処し、構造改革を行ったか否かが今後を占うでしょう。

例えばメキシコは、負債はそれほど巨額でなく、一般に考えられていたほどコモディティの成長に頼っていたわけではありませんでした。

高野:メキシコはここ10年ほど、一部の工業製品では日本製との競合で苦しんでいますね。

ゼーリック:しかし、エネルギーや通信、教育などの分野の構造改革によって、長期的には成長軌道に乗ったのではないでしょうか。ブラジルよりもずっといい。インドはその中間あたりでしょう。困難の多いなか改革を指向し、原油安の恩恵を受けています。

高野:とはいえ、短中期的には発展途上国の状況は引き続き楽観できないように思えます。

ゼーリック:それでも10〜20年という長期的なスパンでは、新興市場は成長していくでしょう。直近の5年間、世界の経済成長の3分の2〜4分の3は新興市場が生み出しています。また、マッキンゼー・グローバル研究所によれば、世界には年収3,000〜2万ドルの人が約20億人います。まだ中間層とは呼べませんが、いずれ世界の消費を担うようになるはずです。

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高野真 = インタビュー

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