人生も管理される時代?
勤め先が義務付ける血液検査の結果、ある従業員がこう判断されたとしよう──彼のストレスレベルは最高値に達しており、3年以内に心臓発作など健康面における重大な問題を背負い込む可能性が非常に高い。純粋にデータに基づいた見方をすれば、企業にとっては財務の点から考えて、この従業員の仕事の負担を減らして出世街道から外し、縮小する方向の事業にあたらせ、健康問題が生じる前に会社から切り離すのが賢明な策だ。
企業が従業員の生産性を最大限に引き上げ、医療費を最小限に抑制する目的で健康に関する個人の情報を利用しようとすることから導き出される当然の結果は、企業に使用され、処分される機械とまったく同じように、従業員が「最適化される」世界の出現だ。
健康診断の結果が個人の人生における健康状態の変化や発症する可能性がある病気、知能や適性、やる気や希望、ストレス対応能力などを問題なく判断できる精度だったとしよう。将来には教育や健康管理、就職に必要となる費用を「最適化」するため、こうした検査がより若年期に実施されるようになり、子供の教育全般や就職に関する見通しまで、すべてがその結果によって決められてしまうようになるだろう。
また、冷静な数字と確率の計算に基づくデータ主導経済が、こうしたディストピア(反理想郷)的な将来を現実のものにしつつあることは想像に難くない。裁判所は日々誰かの人生と社会に対する貢献の度合いを推定し、軍の計画には常に、何等かの軍事行動が承認を得た場合の人命の喪失の可能性を検討している。同様に企業が、従業員の現在のアウトプットと健康リスク、仕事の中断につながるその他の問題に基づき、費用対効果分析をリアルタイムで行うようになる日も遠くはないのかもしれない。
失われる現実世界での「プライバシー」
プライバシーを侵害しているのは、従業員を監視する企業だけではない。技術は私たちの自宅の裏庭でも、プライバシーに関する多数の問題を起こしている。中でも最大の問題はドローンだろう。あなたの家に飛来したドローンが裏庭や寝室の窓の外から撮影したり、リビングの中をのぞき込んだりしていても、これらの行為がいずれの法令違反になるのか、あなたには撮影をやめさせるためのどのような権利が認められるのか、現時点では明確ではない。
私たちが今、「プライバシー」という言葉を聞いてすぐに想像するのは、インターネットの世界だ。だが、技術はますます、ビッグデータと分析の世界を現実世界に持ち込んでいる。そして、「個人情報」が具体的に何を指すのかを不明瞭にしている。かつては完全にプライベートなものだった自宅の寝室や自分の体の中を流れる血液でさえも、今では監視テクノロジーの格好の標的だ。インターネットの世界でのプライバシーがとうに死に絶えた今、私たちは現実世界でも、プライバシーを守るための戦いの終わりを目の当たりにしているのかもしれない。