Sacred Nineとケンブリッジ大学ゴルフ部[元GSバンカー、世界のゴルフ場を行く]

photograph by Kazuya Aoki | styling and prop by Yu-ka Matsumoto

日本ではケンブリッジ大学とオックスフォード大学の対抗戦は、ボートレースが特に有名だが、ゴルフ対抗戦も負けてはいない。戦績は126戦64勝55敗7分けで、ケンブリッジ大学がリード。そのケンブリッジがホームコースとしているのが、ここSacred Nineだ。

Sacred Nine—聖なる9。一体何だ?と思われるだろうが、これは世界でも屈指の9ホールコース、ロイヤル・ウォーリントン・アンド・ニューマーケット・ゴルフ・クラブ(Royal Worlington &Newmarket Golf Club)の通称である。ロンドンから北東へ120キロほどドライブしたサフォーク州ミルデンホールにあり、ケンブリッジにほど近いことから、ケンブリッジ大学ゴルフ部がホ「聖なる9」というニックネームは、前回も紹介した世界最高のゴルフコラムニスト、バーナード・ダーウィンが名付けた。

このクラブの100周年を記念して編纂されたクラブ史のタイトルも「Sacred Nine」である。私は、敬愛する日本のゴルフ史の大家・大塚和徳先生の教えの通り、訪問したゴルフ場では、クラブ史を買い求めたり、クラブのキャプテンや古株のメンバーと意見交換して、歴史や特色を教えてもらうことを心掛けているが、「聖なる9」の100年史も当然わが家の本棚に鎮座している。

クラブ史によれば、ケンブリッジ大学の学生には、「聖なる9」より「ミルデンホール」と言ったほうが通じるらしい。午前中の授業を終え、ミルデンホール行きのバスに乗って1ラウンドして、またバスで戻るとちょうど夕飯に間に合うという記述がある。

開場は1893年、私がプレーしたのは2014年の夏だ。いつものように駐車場に車を停め、荷物を降ろしていると、いつにもまして素敵な初老のジェントルマンが続々と到着し、車からガチャガチャとゴルフバッグを降ろすと、あっという間にゴルフシューズに履き替えて、ジャケットなどをロッカーにしまい、コースに出ていく。見慣れた風景だが、心のそこから安心する。 高級車や4人乗りの車で乗り付け、クラブの従業員がバッグを降す、日本のゴルフクラブの日常風景はどうも苦手だ。

さて、ここをホームコースとするケンブリッジ大学ゴルフ部の通称は The blues。そのスクールカラーにちなんだ呼び名だが、一方でオックスフォード大学ゴルフ部もThe blues。区別するために、その色合いの違いからケンブリッジはlight blue と呼ばれている。ケンブリッジ大学ゴルフ部は英国近代ゴルフの歴史において名門中の名門であり、近代ゴルフの設計家ハリー・コルトなどゴルフ関係者のみならず政財界にも綺羅星のごとくの英傑を輩出している。

特に両校のレギュラー選手はbluesとして栄えあるOxford Cambridge GolfClubへの入会資格を得ることができる。卒業してからも一生対抗戦で盛り上がるとともに生涯の友人として、そのネットワークは英国政財界へ多大な影響を与えている。

この由緒あるコースを2ラウンドした後、外のテラスでギネスを飲みながらメンバーの方と談笑していたときのこと。高齢の紳士が私たちに乾杯をしてくれた。聞けば終戦直後にケンブリッジ大学の学生として日本を訪問したのだそうだ。極めてオーソドックスなツイードのジャケットを着用されていたが、ネクタイのマークが随分可愛らしいピンクのジャグの形をしている。

思わず質問したら、このジャグはSacred Nineの伝統あるシンボルで、全英オープンで優勝すると授与されるクラレットジャグにちなんで、クラブチャンピオンになると、ピンクのジャグが授与されるとのこと。私がキョトンとしていると、クラブハウスの中に行って注文してこいという。クラチャンにならないともらえないのでは?と訝しがりながら、女性バーテンダーに注文すると、本当に注文するの?と訝しがられたが、憧れのSacred Nineまで来てNoはない。

出てきたのは、10人分はあろうかというサイズのジャグで、シャンパンにグレープフルーツを入れた飲み物だった。値段で40ポンド、 チップを弾むとおよそ1万円の飲み物だ。 高いと思われるかもしれないが、みんなで飲めばシャンパンが一杯1000円。しかも聖なるゴルフ場のテラスで、大先輩のご高説を賜りながらの一杯は格別であった。

このテラスのいくつかベンチには刻印が刻まれている。私が目にしたのはケンブリッジ大学ゴルフ部キャプテンを務めた保守党の国会議員や BBCのゴルフコメンテーターとして一世を風靡したヘンリー・ロングハーストなど。彼らを記念して刻まれた言葉がとても謙虚でいかにも英国だなと深く感銘した。

In memory of Henry Longhurstfrom some of his friends of ClareCollege

イギリス贔屓の筆者にはこの奥ゆかしさが堪らない。

こいずみ・やすろう◎FiNC 代表取締役CSO/CFO。東京大学経済学部卒。日本興業銀行、ゴールドマン・サックスで計28年活躍。現役中から、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢・発起人、TABLE FOR TWO Internationalのアドバイザーなど社会貢献活動にも参加。お金のデザイン社外取締役、WHILL、FC今治のアドバイザー。



世界最高の9ホールコース
ロイヤル・ウォーリントン・アンド・ニューマーケット・ゴルフ・クラブ1番ホール、460ヤードのパー5。
広大な森と田園に囲まれた全長3110ヤードのこのコースは、「世界最高の9ホールコース」と称えられる。
静寂に包まれたその夕景は、バーナード・ダーウィンならずとも「聖なる9」と呼びたくなる。
加えて、1ラウンド9ホールの気軽さが、世代や腕前を問わずゴルフファンを引き寄せる。


1時間15分ほどでコースを回ることができる9ホールコースは、ゴルフを身近なものにする。午後から家族連れでゆったりラウンドしても夕暮れ前にはホールアウトできる。写真は5番ホール、160ヤードのパー3。


テラスでメンバーと談笑。手前がこのホールのシンボルマーク、ピンクのジャグ。

小泉泰郎 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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