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2016.01.26

1.8〜出生率引き上げのための5つの提言〜[数字で読み解く日本経済]

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「1.8」

「矢」(手段)ではなく「的」(目標)—として評判の悪い「新三本の矢」。その中では新鮮味のある「出生率」の目標について考える。

安倍晋三総理は9月24日、(1)「希望を生み出す強い経済」、(2)「夢をつむぐ子育て支援」、(3)「安心につながる社会保障」の「新三本の矢」を発表した。新三本の矢の具体的なポイントとして「2060年に人口一億人維持」があげられ、合計特殊出生率(以下、出生率)を、2013年の1.43から1.8程度に引き上げることも必要とした。その他にも、600兆円経済、介護離職ゼロ、一億総活躍社会という言葉がならぶ。

しかし、この新三本の矢は、元祖「三本の矢」にくらべて評判が悪い。どうみてもこれは「矢」(手段)ではなくて「的」(目標)だからだ。

残念だった「新三本の矢」

名目GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロは、極めて望ましい目標だが、いずれも達成のための具体策を示していない。元祖「三本の矢」が、その順序も含めて、きわめて経済学的なセンスがあるものだっただけに、今回の政策目標を「新三本の矢」と呼んだことを、私は残念に思う。

そのなかで、新鮮味のある材料を探すとすれば、出生率の目標を明示したことだろう。出生率1.42を1.8まで引き上げるのは容易ではなく、重要なのはそのための「手段」を明らかにして、実行することにある。目標を掲げたのだから、安倍総理がリーダーシップを発揮してその実現を目指してくれることに期待したい。あとで述べるような提案全てを実行することが大切である。提案に入る前に、出生率、人口動態についてデータを確認しておきたい。

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日本では、戦後一貫して、晩婚化、未婚化、少子化が進行してきた。戦後の出生数、出生率を表した図1を見ると、出生率1.8を最後に超えていたのは、1984年である。それ以降、長期低落トレンドが続き、2005年の1.26まで低下。ただ、翌06年からは、若干の回復傾向を示していて、13年には1.43まで上昇した。

一方、出生数を見ると、戦後のベビーブーム時期後のピークは、第二次ベビーブームの73年の209万人がピーク。それから一貫して出生数は減少を続け、14年には、100万人をわずかに上回るところまで低下した。出生率の多少の改善があっても、出産適齢期の女性の絶対数が大きく減少しているので、出生数は減少する。16年5月ごろには、「出生数初めて100万人を割る」というような新聞見出しが大きく掲げられる事態は容易に想像される。たとえ出生率1.8でも人口減少は避けられないのだ。

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社会保障・人口問題研究所が10年に行った将来予測で、今後の年齢区分つき人口の推移を示した図2を見てみたい。「出生高位」とは、10年の出生率1.39から、15年には1.55に上昇、さらに20年には1.61に達して、その後は1.59から1.61の間で、推移する場合。この予測の前提では、2014年の推定出生率は1.49であるが、現実には1.42にとどまっており、今回の目標である1.8に到達するのは容易ではないことがわかる。

1985年に、出生率が1.8を下回ってから低下が続いてきたことと、「男女雇用機会均等法」(1985年制定、86年より施行)によって女性の社会進出が促進されてきたことは、無縁ではないだろう。

急いで付け加えると、私は「男女雇用機会均等法」が間違いだったといっているわけではなく、職場での男女差別を禁止して、女性の社会進出を推進すると同時に、熱意をもって、働く女性の子育て支援の施策を推進すべきだった。これをしなかったのは痛恨の失政である。もちろん30年ほど、後の祭りではあるのだが。

掛け声で終わらせないために

さて、このような過去の痛恨の失敗を踏まえたうえで、今回の子育て支援は成功するのだろうか。それともふたたび、掛け声だけで終わってしまうのだろうか。そこで、出生率1.8を実現するための施策の提言を以下のように行いたい。

第一に、安倍総理には、「来年から待機児童ゼロ」を公約することを推奨したい。これは保育所に入所希望が一人でもいれば、追加で保育所を設置して、追加で保育士を雇うことを公約するのである。

第二に、大企業の本社、公官庁などには、事業所内保育所の設置を義務付ける。区や市町村を横断する財政支援の仕組みをつくる。

第三に、乳幼児を抱える母親、父親の短縮時間勤務、在宅勤務を促進する。育休を3年に延長するのはキャリアの中断につながるので意味がない。フルタイムだが短縮時間勤務を可能にする、あるいは有給日数を倍増する、という施策が効果的だ。

第四に、家事手伝い、ベビーシッターを気軽に安価で頼めるように、このような職種の外国人労働者を、派遣会社のもとで受け入れを自由化する。

第五に、これはあまり知られていないことなのだが、保育所不足の根本的な原因は、生活保護と同様の「福祉」と位置づけられていることにある。

入所要件に、「保育に欠ける」ことがあげられている。分かりやすくいうと、どうしても働かなくては生計がなりたたないような、貧しい家庭の乳幼児を預かる施設なのである。だから入所のためには、両親が働いている、祖父母が同居で孫の面倒を見る状況ではない、などの証明を出す必要がある。

なぜ保育所が存在するのか、という社会としての考え方を革命的に転換させるためには、保育所の根拠法を厚生労働省所管の、児童保護法ではなく、文部科学省に移管して、幼稚園と一体化させ、保育所に通わせたい両親は、理由を問わず預けられるようにすることが必要だ。

編集 = Forbes JAPAN 編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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