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2016.01.22 10:01

ラクスル 松本恭攝ー日本にも現れた「ジョブズの申し子」前編

ヤン・ブース = 写真

仕組みを変えて、古い業界を解放せよ!日本にも現れた「ジョブズの申し子」

古くて非効率で先行きが見えない業界そのものを仕組みから変える—。印刷の世界を変えたラクスルは、世界と連携を始めた!誰もやりたがらない競争のない環境で、新しい価値を提供したい

名刺やチラシの印刷、ポスティングに新聞への折込チラシ。ラクスルが紹介されるとき、必ず並ぶ新味のない言葉だ。クラウドだ、IoTだといわれる時代に、15世紀に普及した紙への印刷。顧客は古い印刷業界であり、町の商店街や中小企業である。スタートアップの華やかなイメージとは微妙にずれる、誰が呼んだか「おっさんベンチャー」。—若者にとって魅力があるとは思えない古い業界に、新参者として飛び込むのは勇気がいったのでは?

会議室の片隅でそう尋ねた瞬間、1984年生まれの創業者、松本恭攝は我が意を得たような表情を見せて即答した。「若い人に魅力がない。それはすごく重要なキーワードです。だからこそ競合がいないし、競争をせずに変えられる。誰もやろうとしないことの方が、実は世の中を変えるときのインパクトが大きいんじゃないかと思うんです」

そのインパクトについて聞くうちに、段々と気づかされる。彼がもたらした印刷業界の大変革は、実はやりたいことのほんの一部でしかないのではないか。その思いを辿っていくと、ついに日本もスティーブ・ジョブズの申し子たちが出現する時代になったのか、そう思わずにはいられないのだ。

力のない弱い存在が、イノベーションを起こすにはどうしたらいいか。

松本のことを「富山が生んだモンスター」と評するのは、大学時代からの友人で、ベンチャーキャピタリストとして創業時から手伝う佐俣アンリだ。佐俣が初めて松本と出会ったのは、慶應義塾大学在学中、コンサルティング会社でインターンを行ったときだ。集まった40人ほどの学生たちは、自分こそがもっとも頭がいいと思っているようなスノビッシュな連中だったが、一人変わっていたのが松本であった。「図抜けて頭がよく、異常に熱いヤツという印象でした」と、佐俣は振り返る。

佐俣は卒業後の2009年のことを鮮明に覚えている。昼下がり、三田の「ラーメン二郎」を出たところで携帯電話が鳴った。のんびり「はい」と電話に出ると、気持ちを高ぶらせた声が飛んできた。「俺、会社を辞めたんだよ」。入社1年半で米系コンサルティング「A.T.カーニー」を退社したと、興奮ぎみに告げる松本恭攝だった。「おめでとう」。学生時代からベンチャーの世界に片足をつっこんでいた佐俣は起業家になろうとする松本を祝福した。

一方、それまでの社員時代、松本は「劣等感のかたまりだった」という。100人ほどいるコンサルタントは、博士号をもつ東大卒や京大卒ばかりで、MBAを取得した人間も次々と入ってくる。「自分のポジションは、いつ誰にでも取って代わられる。まるで、人がコモディティ化するのではないか」と思ったという。「ここで自分が上に上がっていくのは無理だなと思いました。だから、優秀な人たちとの競争環境は極力避けたい。起業もそうです。ソーシャルゲームは非常に収益性が高くて魅力だけど、競争が激しく、固定費も上がっていくし、最後まで勝ちきった人はほとんどいない。当時、クラウドソーシングを起業しようかとも考えましたが、いま思うと本当にやらなくてよかった」

力のない弱い存在が、イノベーションを起こすにはどうしたらいいか。いわば、劣等感のなかから生まれたのが、ラクスルの事業であった。

彼がA.T.カーニー時代に着目したのが、6兆円の市場規模をもつ印刷業界である。巨大市場とはいえ、半分を凸版印刷と大日本印刷の2社が占め、残りを約3万社に及ぶ中小が奪い合う。事業所の7割以上が10人未満で、しかも印刷機の稼働率が5割程度と低く、適正価格も分かりづらい。つまり、非効率な構造のまま、市場は縮小を続けているのだ。

ラクスルが行ったのは、全国の印刷事業者をネットワーク化することだった。販促チラシなど顧客の要望をインターネットで受注し、全国に網羅した提携印刷会社の稼働していない印刷機を活用する。顧客のあらゆる要望を、デザインから配布まで、低価格、短時間、高品質で実現させるものだ。

焼き鳥の「串八珍」や「鮨乃家」など飲食店70店舗を展開する豊創フーズの営業本部長、武藤康弘は、「革命です」と断言する。「新聞折込やポスティング、ビラ配りの印刷コストを約3割削減できて、これまで3週間かかっていたものが約10日間で済むようになりました。革命的だと思うのは、ポスティングや新聞折込をしたい地域をweb上の地図でエリア指定すると、何丁目に何新聞を購読している人が何人というデータまで出てくる。ポスティングが可能な軒数もweb上の地図で一目で分かり、配布まで一括して依頼できるのです」

印刷業界をネットワーク化し、中間に入っていた広告業界の構造を変える。さらに、広告チラシをつくりたい顧客企業の人手と時間の手間を省き、効率的な集客支援を行う。こうしてラクスルのユーザー会員数は直近1年間で約4倍の15万人に増え、売上成長率は3年間で2,100%にまで急伸したという。インターネットの本質は、個のエンパワーメント。それがシリコンバレーの思想です伸したという。

しかし、このビジネスモデルを起業時に着想していたわけではない点に注目したい。松本はこう言う。「Appleのプランに最初からiPadやAppleWatchがあったわけではないですし、トヨタも最初は豊田自動織機です。世の中をどうしたいという思いはもっても、ビジネスモデルであるhowは別につくっていけばいいし、最初から固定化すると、時代の変化についていけなくなります。変わらずにもち続けた方がいいのはビジョンであるwhyだと思うんです」

重要なのは、どう進化したか、だ。では、松本の進化を見てみたい。

【後編はこちら】

藤吉雅春 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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