ハーバード・メディカル・シート「新しい健康のモノサシ」

illustration by ichiraku / Ryota Okamura

驚愕の「アジア肥満亡国論」
WHOによるアジアの深刻な予測がある。2030年、糖尿病患者が2000年の3倍近くになるというのだ。糖尿病による心筋梗塞、脳卒中、透析患者が増えれば、家庭や国家が働き手を失うことを意味する—。

国際会議でアジアの医師らに、「外来で多い患者は?」と聞くと、「高血圧と糖尿病」と言う。WHOはアジアの国々において、「2030年には糖尿病患者が2000年の3倍近くになる」と予測した。いまの医学生が一人前の医師になるころは、アジア圏に肥満と糖尿病が増え、心筋梗塞、脳卒中、がん患者があふれることになる。稼ぎ頭が病に伏せば、その子どもたちが働き手となり、次の世代が育たない。国の衰退を意味する。

食質劣化と運動不足が肥満を増やす。しかし、薬を使わなくても予防できる。「迷彩服ではなく、白衣を着た日本人が世界で予防医学を普及する」という国際貢献も「あり」なのではないだろうか?

しかし、私一人でできるものではない。そこで私は、アジア圏でリーダー医師を育成するため、数年前から慈恵医大で「グローバルヘルス&リーダーシップ」というゼミと海外実習を始めた。授業は以下のセリフから始まる。
「2040年のアジアの人々の健康は皆の双肩にかかっている。このクラスでは浅い知識は必要ない。インターネットにはかなわないからだ。いま何が起こっているのか:What? 何故このようなことが起こったのか: Why? 次に似たようなことが発生した場合、どう対処すればより少ない犠牲者数で済むのか: How? を深く掘り下げて考えてほしい。このクラスに正解・不正解はない。だからどんどん意見を述べるべし」

マイケル・サンデル教授の「白熱教室」と同じく、2時間半ぶっ続けで討論する。授業はケース・メソッドを使い、「結核、エボラ、SARSや新型インフルエンザなどの感染症アウトブレイクをどうやって封じ込めるか」「産業廃棄物による環境汚染で多発した小児白血病の模擬裁判」に始まり、「ハリケーン・カトリーナ」「原発事故」や「首都直下地震」の図上演習、「生活習慣を変えさせる心理療法」「9・11の際、ジュリアーニNY市長がどうやってリーダーシップを発揮したか?」「ジョン・F・ケネディがピッグス湾事件で失敗し、翌年はキューバ危機を回避することに成功した。何が違ったのか?

不確実な情報のなかで正しい意思決定をするには?」といった議論を行い、「2040年、世界の医療はこうなっている!」というプレゼンで終わる。そして最後はこう締める。「将来、君たちは必ずや困難に突き当たるだろう。そのとき、この授業、私の声を思い出し、歯を食いしばって頑張れ」

この困難な予測を目前にして、ある名言を思い出す。医師であり、官僚、政治家でもあった後藤新平先生の次の言葉だ。

金を残して死ぬ者は下だ。
仕事を残して死ぬ者は中だ。
人を残して死ぬ者は上だ。


うらしま・みつよし◎1962年、安城市生まれ。慈恵医大卒。小児科医として骨髄移植を中心とした小児癌医療に献身。その後、ハーバード公衆衛生大学院にて予防医学を学び、実践中。

浦島充佳 東京慈恵会医科大教授

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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