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2016.01.22

フロントランナー、東京大学エッジキャピタルの新たな挑戦

写真=平岩 享

サイバーダイン、スパイバーなど大学発研究開発型ベンチャーに注目が集まっているいま、この分野の投資の第一人者の挑戦と未来のための仕掛けとは—。

「極論を言えば、東大発、大学発、日本発でなくてもいいんですよ。東大着、日本着ベンチャーでも。『発』に意味があるのではなく、大学や研究機関の基礎研究の成果を社会にリアライズするために何ができるか—。大学発ベンチャーはいま、認知度を高める段階からエクスキューション(実行・遂行)の段階にきています。だからこそ、我々は、東大を軸に国内外の大学や研究機関、事業会社、投資家と連携して、投資先を世界に広げていきたい」

いま注目を集める大学発ベンチャー業界のなかでも、トップを走るベンチャー投資家として知られる東京大学エッジキャピタル(UTEC)・郷治友孝社長。彼が強調する「発」と「着」より必要なこととは—。

東大をはじめ大学、研究機関、企業発の、いわゆる「研究室に眠る原石」を見つけ出し、研究者とともにゼロから会社を立ち上げるシード(種)投資に定評があるUTECは、これまで67社に投資支援をし、33社をイグジットさせるなど高い成功率を誇ってきた。その中には、時価総額1000億円を超える特殊ペプチド創出技術を応用した創薬開発のペプチドリームや「がん免疫療法」開発のテラのIPO(新規株式公開)、米グーグルがM&A(合併・買収)したフィジオスなどがある。

その結果に、「日本の大学発ベンチャー業界を一歩先に進めた」と評されるベンチャーキャピタル(VC)だ。「大学発ベンチャーの投資支援は、ただの技術の目利きではありません。『いい起業家やベンチャー企業を見つけて投資をすればいい』『優れた技術を見つけて投資をすればいい』のではなく、研究者と関係を築き、経営者を探して、事業計画・資本政策をつくり、チームビルディングを行うなど会社を立ち上げるところから始まる。ポイントは会社づくりです。事業化までの期間も5〜10年と長い。お金を投資すれば終わりという世界ではないから、簡単ではない」

そう語る郷治は、だからこそ、東大を軸にしながらも、国内外の大学・研究機関と連携し、投資先の発掘や事業シナジーの創出を行う“複線的”な、新たな投資支援を行っている。

投資支援先には東大発に加え、北海道大学発、京都大学発、大阪大学発、名古屋大学発、事業会社発、海外の研究機関発などのベンチャー企業が並び、新たな連携を生みだしているのだ。

「投資先の阪大発のクオンタムバイオシステムズが東大医科学研究所と共同研究をはじめ、事業会社発のクリュートメディカルシステムズが東大医学部附属病院の教授と共同研究をしたり、我々が関わることで連携がはじまる『東大着ベンチャー』もあるのです。海外の研究機関発のFyusionに米国最大手のVCであるNEAとの共同投資をしたり、Noxilizerのように米国企業と経営統合するなどグローバル連携した事例も出てきています」

郷治は異例の経歴を持つベンチャー投資家だ。東京大学法学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省し、2年目に「投資事業有限責任組合法(VCファンド法)」の起草を担当し、米スタンフォード大学ビジネススクール留学という輝かしいキャリアを持つ。

そんな彼が2004年、UTECの創業メンバーとして、“立法者から実践者へ”と立場を変えたのはなぜか—。

「日本には技術の種から事業化を支援してリスクマネーを供給する活動が欠けている。イノベーションを起こすベンチャーへの投資を促進したい」

という、立法時の“志”だった。米スタンフォード大学から帰国した03年、郷治が「偶然と思いが融合した」と言うように、翌04年に控えた国立大学の法人化に伴い、東大がVCを構想している話を耳にした。そのことがきっかけで、同年12月に経産省に辞表を提出した。

“ライフサイエンス以外にも、ロボティクスや農業、自動車、大学発ベンチャーの成功事例が多様化している”

その“志”はいまも忘れず持ち続けている。「社長に就任した06年。この前まで役人だった33歳のファンド運用未経験者が代表になる。投資家から不安や反対が出ました。それでも立法時から持ち続けている“志”をファンドの投資家に説明し続け、承認してもらいました」

社長就任後、方針の違いから、郷治以外の投資メンバーが去った。しかし、郷治は、志を実現すべく、起業家の会社立ち上げから関わり投資支援を続けた。その結果が、09年のテラのIPOにより花開く。その後の快進撃は前述の通りだ。

最後に「その志はいま、どこまで実現されたのか」と聞いた。「現在はライフサイエンス以外にも、ロボティクスや農業、自動車をはじめ、大学発ベンチャーの成功事例が多様化しつつあります。だけれども、山登りで例えたら、現在は3合目か4合目」—。

今後、郷治が目指すのは「大学発ベンチャー版トヨタ」の輩出。トヨタのように、世界中の誰もが知り、人々の生活に溶け込む“骨太ベンチャー”をつくりだすことだ。その実現に向けて見据える先は長い。だからこそ、最後に一言、苦言を追加した。「大学発ベンチャー業界にとって基礎研究は“苗床”。それを支える国立大学法人運営費交付金が04年以降毎年1%、総額で1470億円削減された。日本の屋台骨となる所には“脇見”をせず投資してほしい」

東京大学エッジキャピタル

設立: 2004年4月1日
資本金: 1000万円
従業員数: 10名(常勤役職員数)
ポートフォリオ 主なExit案件は、ペプチドリーム、テラ、ライフネット生命保険、モルフォ、ネイキッドテクノロジーなど。他に、主な投資先として、クオンタムバイオシステムズ、マイクロ波化学、サイフューズ、MUJIN、Fyusion、GLM、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ、MOLCUREなどがある。

ごうじ・ともたか◎1996年に東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。スタンフォード大でのMBA取得、ジャフコへの出向を経て、2004年UTECを共同創業、06年に代表取締役社長に。日本ベンチャーキャピタル協会常務理事。

文=山本智之

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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