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2016.01.16 11:00

アナろぐ 〜アナログコンテンツでくつろぎ、脳に刺激を〜

illustration by Kenji Oguro

世界的なアナログレコードの売り上げ増は何を意味するのか? 
アナログ+くつろぐ=アナろぐ。くつろぎとともにデジタル脳に刺激を与える、温故知新のコンセプト登場!

デジタルに疲れていませんか。私は少々、疲れています(まぁ、私の場合は元々疲れぎみですが)。さて、今回はそんな疲れたアタマにちょっとした刺激を与えるコンセプトを紹介させていただきます。

アナろぐ。動詞です。「くつろぐ」のように使います。週末はPCを閉じてアナろぐ。今夜はSNSをスルーしてアナろぐ。「アナログコンテンツでくつろぐ」といった意味ですが、アナログに実際に対峙してみると、過ぎ去った時代のコンテンツに触れた郷愁よりもむしろ、デジタルに浸かったアタマの違うところを刺激され興奮ぎみの自分に気づきます。

いま、アナろぐ人たちが静かに着実に増えています。その動向をまずアナログレコードの事例から追ってみましょう。ある資料によれば、米国の2015年上期のアルバム売り上げは1億1,610万枚で前年比4%の減少。CDもデータ配信も数字を落とす中、アナログレコードのみが前年比38%増。実はここ10年ずっと伸びを維持しており、日本でも10年頃から同様の傾向に。一般的な音楽の愉しみ方はダウンロードからストリーミングへ。音楽を所有するという概念自体が消えつつある中、究極のフィジカルコンテンツであるアナログのみが市場を拡大しています。

国内外のトップDJが通う名古屋ピジョンレコーズ(pigeon-records.jp)の松本さん曰く、「名盤やレア盤のアナログ復刻がその状況を後押し」しており、購買層は「アナログのフォーマットにギリギリ触れていたアラフォー以上の世代」がメインだが、「アナログが物珍しい」20代も増えている実感があるとのこと。その魅力としては「温かみのある音質」と「大きなジャケット」……つまり、アナログの音質やアートフォーマットとしての完成度、それ故に生まれる希少性が再び、人々を虜にしているといえそうです。

一方、「アナろぐ」ための機材にも復活の兆しが見られます。昨年、パイオニアは約30年ぶりにレコードプレイヤーを発売。11年に生産中止したテクニクスSLシリーズ以降、入手困難だったDJ仕様のターンテーブルが蘇りました。また、デザイン家電で有名なamadanaも今年、レコードプレイヤーの制作を宣言。クラウドファンディングで1,000万円以上を集め、先日、堂々発売に至っています。
 
次に、アナログゲームのケースをご紹介します。『タモリ倶楽部』でも紹介済みですが、日本の同人ボードゲーム市場が爆発一歩手前です。東京では年2回、大阪では年1回開催されるアナログゲームの祭典「ゲームマーケット」が象徴的で、東京の来場者数は00年(第1回)の400名から、15年春には8,500名へ。市場を牽引しているのは30代ですが、デジタルネイティブである中高生が増えるなど、その属性に変化が起きつつある点は注目です。

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入植者たちが無人島を開拓する『CATAN』。1995年に発売され、ボードゲームの先駆者に。

ゲームで「アナろぐ」。その可能性としては、教育やビジネスの現場におけるソーシャル利用がしばしば話題になります。兵庫県西宮市の小学校では今年、スマホゲームに没入しがちな児童に人間関係を学ぶ機会を与えることを目的に、アナログゲームの中古品の教育への活用が始まりました。一方、ビジネスの現場では、オリジナルのボードゲームを研修に用いた新生銀行(07年)が有名ですが、最近でも人材育成のコンサルティング会社がドイツゲーム『フレスコ』を導入し話題となりました。その目的は「自分の仕事を複眼的に捉える意識と目的達成に向けた効率的な仕事の段取りを向上させる」とのことですが、それ以前に、ひと対ひとのコミュニーケーションを学べること。それこそが、デジタル世代に求められる「アナろぐ」効果といえるのではないでしょうか。

また、アーカイブという視点から考えると、デジタル化に漏れた膨大なアナログコンテンツが、身近に放置されていることに気づきます。例えばNASAは今年、宇宙人へのメッセージを録音した「ゴールデンレコード」の音源をSoundCloudで公開しました。1977年にボイジャー号に搭載したこの金メッキ銅盤には、世界55言語の挨拶など地球からのメッセージが録音されています。アナログはそもそも記録媒体としてタフであるたssめ、アーカイブの休眠を許しがち。「アナろぐ」ことは、時に人類の歴史的アーカイブに接する機会にもなり得ます。
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地球外知的生命体による解読が期待された、ボイジャー探査機のゴールデンレコード。

最後に、アナログを意識的に思考の変革に利用する前衛ミュージシャン、タイヨンダイ・ブラクストンの言葉を。現代音楽の分野からも注目される彼は、最新アルバム『HIVE1』の制作に際し、アナログシンセサイザーをメインに取り入れています。デジタル楽器とは異なり、安定性も再現性も悪いアナログ機材を使うことに対して彼は、「この楽器の直観と相容れないところや型破りな性質を、今回はそのまま作品の哲学として応用することにした」と述べています。アナログ回路の個体差、物理的な違和感をむしろ、自らの表現・発想への刺激として利用する。これも「アナろぐ」ならではの可能性です。
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タイヨンダイ・ブラクストン。「この10年で最も評価されている実験音楽家」とワシントンポスト。
photo by gettyimages

アナろぐと、新しい切り口が見つかる。アナろぐと、デジタルの先が見えてくる。少なくとも、アナろぐと、人生ちょっと愉しくなる……その一点だけは、私が保証します。これを機会に、アナろぐ人生をはじめてみてはいかがでしょうか。


電通総研Bチーム◎電通総研内でひっそりと活動を続けていたクリエイティブシンクタンク。「好奇心ファースト」を合言葉に、社内外の特任リサーチャー25人がそれぞれの得意分野を1人1ジャンル常にリサーチ。各種プロジェクトを支援している。平均年齢32.8歳。

木村年秀◎電通総研Bチーム所属。「Music」担当。電通2CRPクリエーティブ・ディレクター。最近の仕事は、SUBARU X DiscoveryChannel、雑誌relax復刊プロジェクトなど。10万枚のレコードと暮らし、DJムードマンとして日本の週末を活性化中。

木村年秀=文

この記事は 「Forbes JAPAN No.18 2016年1月号(2015/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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