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世界37カ国、700万人が愛読する経済誌の日本版

photograph by Junji Hirose | Hair & Make-up by HIRO TSUKUI

登山家たちの夢物語を演出したダウンジャケット。そこに隠された真実と、驚きの数字とは?

3,951,384m/冒険家がダウンジャケットを着て踏破した総距離

「そこに山があるから」。登山家がよく口にするセリフだ。カラコルム山脈に位置するK2は、世界第2位の高さながら、最高峰であるエベレストよりも登ることが難しいとされている。それは、人里から遠く離れたアプローチと、厳しい気候条件が最大の難敵とされているからだ。

2015年、5,000人以上の登頂者を数えるエベレストに対し、K2は500人にも満たない。そんな難攻不落の名峰に初登頂を果たしたのは、1954年のイタリアの登頂隊。過酷な条件下のなか、彼らの身を守ったのが「モンクレール」のダウンジャケットだったことはあまり知られていない。「モンクレール」はその後、1955年のマカルー山、そして2014年には再びK2の頂を制覇している。

そして2015年11月某日、イタリア人冒険家Michele Pontrandolfoが南極単独探検へと旅立った。彼が身にまとうのは、「モンクレール」の最新機能が詰まったダウンジャケット。今回の数字は、今年1月に見事踏破することを予測(希望)してのもの。この成功を受けたら、冒険家たちは「そこにモンクレールがあるから」と口にするかもしれない。

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スーツでも軽快に着られるファー付きダウンジャケット
約60年にも及ぶ経験を経て、今や芸術ともなったキルティング技術。フライト・ジャケットのN-3Bをベースにしたコート丈と、上品なウールフランネル素材は、ビジネスシーンにも最適。防寒性にも優れるコヨーテファー付きのダウンジャケット「レセル」。¥285,000(モンクレール/モンクレール ジャパン 03-3486-2110)

紳士のためのダウン講座〜防寒着から、ファッションアイテムへ〜
山小屋で働く従業員を、寒さから守るために考案されたというダウンジャケット。その機能性の高さは、1954年に「モンクレール」の製品を着た登頂隊が、世界で2番目に高いカラコルム山脈のK2を制覇したことで、揺るぎないものとなった。以降、時代の流れとともにアップデートされてきたダウンは、現在ではアウトドアシーンだけでなく、街着としても活用できるものとなった。そのきっかけとなったのが、どんなシーンでも気軽に羽織ることができ、軽量で着心地のいいシングル・ダウンバッグジャケットだ。その人気は、世界中のセレブリティ、ジェットセッターたちによって爆発的に広がり、現在では、会長兼クリエイティブ・ディレクターのレモ・ルッフィーニのもと、ラグジュアリーアイコンとして、その地位を確立しつつある。

ダウンとともに歩むモンクレールの歴史
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1952年
フランス・アルプス地方の村“Monestier de Clermont”を略したのが「MONCLER」の由来。54年には最初のダウンジャケットを考案し、カラコルムK2制覇に貢献した。

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1968年
グルノーブル冬季五輪で、フランスアルペンチームのオフィシャルサプライヤーに認定される。これを機にロゴデザインが一新され、フランス国鳥の雄鶏に変わる。

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1972年
「より軽く、より動きやすく」という、アルペンチームの要請により、シングル・ダウンバッグを使用したジャケットの開発に取り掛かる。現代の製品の先駆けとなる。

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1980年
時代の潮流にあわせた、鮮やかなナイロン素材のジャケットが登場。シティウェアとして認知されるようになり、ジッパーの代わりにボタンを使用するなど、新たなデザインが登場した。

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1999年
「モンクレールは、ウィンターシーズンのブランド」という固定概念を覆すべく、初の春夏コレクションを発表。革新的なアイデアが、以降の大変革につながっていく。

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2003年
イタリア人起業家レモ・ルッフィーニが企業買収し、会長兼クリエイティブ・ディレクターに就任。世界的な展開戦略が徹底され、ラグジュアリーブランドへの礎を築く。

文=フォーブスジャパン編集部

 

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