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2016.01.11 20:00

究極の晩餐会 [小山薫堂の妄想浪費 Vol .5]

illustration by Yusuke Saito

「¥600,000,000」

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第5回。
美味しい食材と優秀な料理人を結びつけ、地方活性の起爆剤にするために、
今回は流通業界の方々に一肌抜いでもらえる企画を考えてみました。

初めてそのレモンを食べたとき、驚いた。苦みやえぐみが少なく、リンゴのように丸かじりできる。しかも皮がすこぶる美味い。その名は「宝韶寿(ほうしょうじゅ)」。瀬戸内海に浮かぶ大崎下島(おおさきしもじま)(広島県呉市)で栽培されている希少レモンだ。

温暖で雨の少ない瀬戸内では明治時代末期からレモン栽培が行われ、昭和38年には国内生産量の約50%のシェアを占めるまでに成長した。だが翌年の輸入自由化のあおりをうけた国産レモンは、一気に衰退していく。そんななか、「品薄になる夏にも収穫できる国産レモンをつくれば活路を見いだせるかも」と考えたひとりの男がいた。木本韶一(しょういち)さんである。木本さんは交配の方法、農薬に頼らない害虫駆除、肥料などを徹底的に研究・開発し、実に25年の月日をかけて宝韶寿を完成させた。かくして「国内産レモン初の登録品種」となったこのレモンを、僕が共同経営するフレンチレストラン「SUGA LABO」の須賀洋介シェフが見つけてきたのだ。味にも歴史にも感動した僕は、雑誌『dancyu』の連載枠で書いたり、テレビ番組で紹介したりした。皆さんもご承知のとおり、発信元が小さくても、そこからインフルエンサー的に伝わることで、とても大きな反響になることがある。まさに宝韶寿はそのケースで、僕は「料理人は地方活性の大きな起爆剤になる」とあらためて実感した。

山形でイタリアン「アル・ケッチャーノ」を営む奥田政行シェフもそんな料理人のひとりだ。時間を見つけては地方に足を延ばし、地域食材を掘り起こして、レストランで料理している。彼を僕の故郷・熊本に連れていったときのこと。農家の方が持参されたキャベツを料理してふるまうと、その農家の方がひと口食べて泣いた。それまで千切りか炒め物でしか食べたことのなかった自分のつくったキャベツがこんなに美味しくなるのか、と感動されたのだ。その涙に、料理人は農家の方一人ひとりのプライドを刺激し、また地域の宝を掘り起こす役目も担っているのだと感じたことをよく覚えている。

美味なる食材発掘のために

フランスにはMOF(Meilleur Ouvrierde France:フランス国家最優秀職人)という、職人に対する国家称号が存在する。3年に一度、フランス労働省の主催でコンクールが開催され、180にも及ぶ多様な分野から最終的に選出された数名のみが、大統領官邸のエリゼ宮にて一生涯の称号を授与される。日本における「人間国宝」のようなものと考えていただけるとわかりやすいのだが、MOFが人間国宝と少しだけ違うのは、飲食の分野にもその栄誉が与えられること。たとえばポール・ボキューズ、ジョエル・ロブションなどMOFを授与されたシェフは、襟元にトリコロール(フランス国旗)の入ったコックコートを着用することが法律で認められている。実に偉大なる勲章なのだ。

実は日本でも、5年前に農林水産省による料理人顕彰制度「料理マスターズ」が創設された。これは料理をレストランなどで提供するだけではなく、日本の食や食材、食文化の普及に貢献したり、その素晴らしさや奥深さを伝承・発展させたりした料理人に対しておくる賞で、僕は光栄にも第1回から審査員を任命されている。こうした制度が料理人の方々の地道な活動を後押しし、地域の生産者や食品産業との連携を深めていければ、と国も僕たち審査員も祈ってやまない。ちなみに先の奥田シェフは第1回受賞者のひとりでもある。

実際のところ、料理番組や地方創生の企画にたずさわると、全国どこの地域でも「いいものはあるんだけど、扱いや発信がへたで」という声をよく耳にする。確かに食材がよいものであればあるほど、技術というのは根づかない。新鮮であれば、そのままがいちばん美味しいからだ。

たとえば江戸前寿司は、冷凍技術も交通手段も発達していない時代に新鮮な魚介類を握り寿司として食べてもらうため、塩や酢で締める、煮る、タレに漬け込むという技術を開発・進歩させた。つまりそのまま提供するのは難しいから、技術が根づくわけだ。「美味なる食材があれど技術はない」というのであれば、料理人が新たな料理方法の開発や発信の手助けをすることは地方活性のひとつの大きな打開策になる、と僕は考える。

だが、この方法にはひとつ大きな問題がある。料理人がお店を休み、各地まで足を運んでいると、料理人自体が食えなくなってしまう。ボランティアだけでやるには、限界がある。

斬新な料理ショーが始まる

そこで考えたのが、新鮮なものを新鮮なうちに全国各地に送り届けることのできる超絶優秀な日本の流通業界に、この企画にかんでもらうというアイデアだ。

たとえば、ひとりのシェフがひとつの地域で美味しい食材をいくつか探すとしよう。シェフはその食材で晩餐会のレシピを考える。そして月に100名様限定で6人前の食材セットとして自宅に届け、インターネットでシェフの実況中継による料理番組を提供するのだ。流通企業さんには食材の収集、梱包、各家庭への配送を担っていただく。日曜日に家族や友人たち同士で集まって、シェフと同じクオリティの料理パーティが開けるなんて、とても喜ばれるのではないだろうか。

いや、いっそのこと、食材探しの旅をドキュメンタリーにして、食材とその地域の魅力も伝えるパートをつくり、シェフの実況中継を生放送パートにして放送するのはどうだろうか。食材を受け取ってシェフと同時に料理をした各家庭は、テレビに映るタレントと同時に食べだすわけで、これっていままでにない究極の「料理バーチャルリアリティショー」になるかもしれない。ちなみに予算は、BSでゴールデンタイムの2時間スペシャル生番組で放送するとして、番組制作費、シェフの出張費、食材コスト、配送料などで3,000万円、番組枠が2,000万円、合計5,000万円程度でしょうか。月に1回放送だと、年に6億円あればできますよ!

番組タイトルは、クロネコヤマトさんご提供であれば「黒猫晩餐会」、佐川急便さんであれば「飛脚晩餐会」というのはどうだろう。もちろん残念ながらこれはビジネスにはならない(儲からない)から、宣伝もしくはCSRとして割り切ってくださるとありがたい。料理は、いちばん簡単に人を喜ばせることができる。言葉が通じない者同士でも笑みがこぼれる。そんな食卓の幸せに加担してくださる流通業界の皆さんを、心よりお待ち申し上げます!

イラストレーション=サイトウユウスケ

この記事は 「Forbes JAPAN No.17 2015年12月号(2015/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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小山薫堂の妄想浪費

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