病名という「レッテル」を疑え

illustration by ichiraku / Ryota Okamura

連載:東洋医学のブラックジャック「幸せの処方箋」

検査で病名を決めて治療に入るのが現代医療。しかし、これには無理があるという。原因は人それぞれだし、個人差がある。病名で一括りにする治療を疑ってみると—。

漢方外来の患者には共通点がある。

一部上場企業の会長や社長、政治家、金融機関、公的組織の総裁や理事。そういう肩書の人が多く、彼らは自分の知識や世間の常識に頼らないほうがよい場合もあるということを知っている。

トップに立つ人間は、人一倍の努力をした後の境地を知っている。努力だけではどうにもならない「運」や「縁」。人知の及ばない部分を知っているのだ。

そうしてトップに立った人は、現代医学の医師の説明に疑いを感じることがある。理由は明白だ。そもそも現代医学は、「人間は平等」と仮定して検査や治療を行う。平均値に合わせたがるのだ。しかし、人間は本当に平等だろうか。徹夜しても平気な人がいるし、ストレスに強い人や弱い人もいる。同じ仕事量でも鬱になる人もいる。もともと人間は不平等なのに、「医学的常識」は無理に平等の処方をしようとする。

私の診察室にやってきた、ある知事の話をしよう。彼は「乾癬(かんせん)」という慢性の皮膚疾患があり、20年来、ステロイドを処方されてきた。彼は、「不治の病と言われたのですが、何かいい方法はないかと思っていたところ、知り合いの和尚から紹介されて来ました」と言う。原因がわからないから「難病」というレッテルを貼り、平均的な現代医学の処方を行う。暗に「完治はしないから、あきらめろ」と言うようなものである。

知事の話を聞いていると、「実は2カ月後に選挙がある」と言う。しかも、「後援会と私の間にコミュニケーションのミスがあり、いま私は批判の矢面に立っている」と打ち明けたのだ。

「プレッシャーを取り除くことから始めましょう」

同じ経験をしても、その人の受け取り方によって精神は変化する。私はまず漢方薬の「抑よく肝かん散さん」を処方してみることにした。抑肝散はイライラなど神経の高ぶりや緊張を抑える効果がある。調合される薬草は、柴胡(さいこ)、茯苓(ぶくりょう)、川きゅう(せんきゅう)、当帰(とうき)、釣藤鈎(ちょうとうこう)、甘草(かんぞう)の6種類の生薬である。

少しずつ皮膚の発赤、掻痒(そうよう)感は改善した。ステロイドのようにすぐに効果をみせるわけではないが、徐々に知事の病気は治っていった。原因は、乾癬を発している皮膚だけにあるわけではないからだ。

知事の判断こそ、トップらしいといえる。まず、紹介者の和尚を信じて、「しばらく従ってみることが利益になる」ということを経験から知っている。自分の限界を知っているのだ。次に、常にアンテナを張っているので、「病院で行っている治療」という常識的な判断が医療の本質ではないと感じている。

常識を疑い、そして自分の限界を知り、人を信用する。こうして判断を繰り返すことこそ、トップに上り詰める人々の仕事のスタイルといえるのではないだろうか。


さくらい・りゅうせい◎1965年、奈良市生まれ。国立佐賀医科大学を卒業。北里大学東洋医学総合研究所で診療するほか、世界各地に出向く。著書に『カラダにいいことをやめてみる』(講談社)

桜井竜生 漢方医 = 文

この記事は 「Forbes JAPAN No.17 2015年12月号(2015/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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