マーケティング

2026.10.28 08:49

ナイキが「借り物のクールさ」で復活できない理由

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2019年10月12日、エリウド・キプチョゲはオーストリア・ウィーンの橋の上に立っていた。彼は人類がそれまで成し遂げたことのない偉業に挑もうとしていた。当時34歳のケニア人ランナーだったキプチョゲは、すでに世界最高のマラソン選手だった。リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得し、ベルリンで世界記録を樹立し、出場したほぼすべての主要マラソン大会で優勝していた。当時、平均的なフルマラソン完走者のタイムは26.2マイル(約42.195km)を走るのに約4時間半かかっていた。だがこの日の朝、キプチョゲはそれを2時間で走ろうとしていた。

最高の条件を整えるため、あらゆるお膳立てがなされていた。コースはほぼ完全な平坦。天候も暑すぎず寒すぎない最適な状態が厳選された。前方を行く車両がアスファルトに緑色のレーザーを照射し、キプチョゲが維持すべき正確なペースを示した。トップランナーで構成されたチームが交替で風よけを務めた。そしてシューズだ。その朝、エリウド・キプチョゲが履いていたのは、ランナーがより少ないエネルギー消費でより速く走れるよう設計された、革新的なフォームとカーボンファイバー技術を組み込んだナイキの実験的モデル「アルファフライ」だった。

キプチョゲがフィニッシュラインを駆け抜けたとき、ストップウォッチの記録は目標を20秒上回る1時間59分40秒を指していた。数千人の観客が大歓声をあげるなか、彼は両腕を高く突き上げた。

それでも、キプチョゲの偉業は少なからぬ論争を呼んだ。彼は極めて管理された条件下で走ったため、その記録は公式の世界記録として認められなかった。一部のランナーは、ナイキの新しいシューズが不公平な優位性をもたらしたと主張した。批判者たちはそれを「テクノロジー・ドーピング」と呼んだ。

ワールドアスレティックス(世界陸連)は数カ月後、新規則を導入し、プロトタイプの規制やソールの厚さ、硬質プレートの使用を制限した。それでも、より大きな本質を無視することは困難だった。ナイキの革新は、シューズテクノロジーの許容範囲という限界を競技界全体に再考させたのだ。何十年もの間、同社はアスリートにできることを変える製品を生み出すことでその評判を築いてきた。そのイノベーションは、競合他社を必死に追いかけさせるものだった。だからこそ、それからわずか7年後に、追う立場に追い込まれているのがナイキ自身であるという現実は、よりいっそう深刻に映る。

困難に直面するナイキ

ここ数年、ナイキにとっては極めて厳しい状況が続いている。売上高は2024会計年度の514億ドル(約8兆1100億円)から2025会計年度には463億ドル(約7兆3100億円)に減少し、2026会計年度もほぼ横ばいとなった。10月1日、同社が発表した四半期決算では、売上高がさらに4%減少した。これには為替変動の影響を除いた大中華圏での26%という驚愕的な落ち込みも含まれる。ナイキの株価は、2021年のピーク時から3分の2以上の価値を失った。過去40年間にわたり株式市場における偉大な成功物語の1つであり続けた企業にとって、これは驚くべき暗転だ。

一方で、新世代の競合他社が同社のシェアを侵食している。ホカ(Hoka)は、特徴的な厚底クッションと快適性・パフォーマンス重視の姿勢で、多くのランナーを惹きつけてきた。スイスのランニングシューズメーカーであるオン(On)は、昨年の売上高を30%伸ばした。これらの企業は規模こそナイキよりはるかに小さいものの、かつてナイキが支配していたカテゴリーにおいて忠実なファンを獲得している。

ナイキは文化的影響力を失いつつあるように見える。かつて象徴的だったスウッシュ(Swoosh)ロゴは、あまりにもどこにでもある存在となり、人々からほとんど注目されなくなった。2024年、ファッション誌『GQ』は「ナイキは今でもクールなのか?」という記事を掲載した。

ナイキの業績回復に関する従来のアドバイスの多くは、1つのシンプルなアイデアに行き着く。すなわち「ナイキは再びクールになる必要がある」ということだ。だが、言うのは簡単であっても、これは極めて筋の悪いアドバイスでもある。

「クール」であることの問題点

業績を回復させるため、ナイキは2年前にジョン・ドナホーCEOを更迭し、定年退職していた生え抜きの幹部エリオット・ヒルを後任に据えた。ヒルはナイキのマーケティングにかなりのエネルギーを注ぎ込んできた。彼が就任して間もなく、同社は27年ぶりにスーパーボウルでのCM放映を再開した。ヒルは新たなキャンペーンに投資し、アスリートとの関係を再活性化させ、そもそもこのブランドを有名にした文化的エネルギーを取り戻そうと試みている。

近年のパートナーシップは、ナイキがどれほど従来の枠組みから外れようとしているかを示している。2025年のスーパーボウルのキャンペーンでは、ドーチー(Doechii)をナレーションに起用した。彼女は挑発的なスタイルで音楽界において最も話題のアーティストの1人となったグラミー賞受賞ラッパーだ。また、ナイキはキム・カーダシアンの補正下着ブランドとの提携により「NikeSKIMS」を立ち上げた。カーダシアンはアスリートではないが、自身の有名人としてのステータスを中心に巨大なビジネスを築き上げている。

期待されているのは、こうしたパートナーシップがナイキを再びクールな存在にする助けになるということだ。結局のところ、ナイキは有名アスリートとの関係を史上最も強力なマーケティングエンジンの1つへと変え、現代的なセレブリティ・エンドースメントのビジネスを生み出す一助となった。そのアプローチが過去に機能したのなら、再び機能するかもしれないというわけだ。

しかし、その論理には逆立ちしたところがある。クールな人とパートナーシップを組んだからといって、自分自身がクールになれるわけではない。自らがクールなことを行うことで、初めてクールになれるのだ。アディダスはカニエ・ウェストと提携した際、その教訓を痛感させられた。Yeezy(イージー)ブランドは当初膨大な売り上げを生み出したものの、カニエが反ユダヤ主義的な暴言で自滅したことで、最終的にその提携は破綻した。

ナイキがクールになったのは、年を追うごとに驚くべきものを発明し続けてきたからだ。同社の始まりは、妻のワッフル焼き器を使ってラバーソールを試作したことで有名な、オレゴン大学の陸上コーチであるビル・バウワーマンだった。ナイキはその後、エア・クッショニング、エア・ジョーダン、フライニット、そして最終的にはアルファフライを開発した。同社のCMには単に有名人が登場するだけでなく、CM自体が1つの創造的な作品だった。

クールさは借りてくることができるものではない。人々が素晴らしいと感じるものを生み出し続けることで、企業が時間をかけて獲得していくものなのだ。そのためには、実験、発明、そして深い洞察に焦点を当てた文化が必要とされる。そして、変化に対してオープンであることが求められる。

探索と活用

ジェームズ・G・マーチは、そのキャリアの多くを組織がどのように学ぶかの研究に捧げた。スタンフォード大学の教授であり、20世紀で最も影響力のある組織学者の1人であったマーチは、ある奇妙な問題に魅了されていた。なぜ成功した組織は時として変化に対してこれほどまでに頑なになってしまうのか。成功している企業には、優秀なリーダー、豊富な資金、そして長年の経験があるのが普通だ。

1991年、マーチは『組織学習における探索と活用(Exploration and Exploitation in Organizational Learning)』という論文を発表した。彼は根本的に異なる2つの活動について説明した。「探索(Exploration)」とは、実験、発見、発明、そして新たな可能性の追求を指す。「活用(Exploitation)」とは、洗練、効率化、実行、そして組織がすでに知っていることを最大限に活かすことを指す。どちらも不可欠だが、活用の方がより即効性があり、予測可能なリターンを生む。

「活用」に長けた文化は、既存の状況を管理することに優れる傾向がある。彼らはコラボレーション、方向性の統一、調整、そして人々を協力して働かせることを重視する。これらはZoom会議に40人を参加させ、会議のための事前打合せを欠かさないような企業だ。こうした行動を揶揄するのは簡単だが、それには現実的な目的がある。すでに成功しているものを維持し、継続させることが仕事であるなら、人と活動を調整する並外れた能力が必要となるからだ。

新しい何かを生み出すことに集中する文化は、まったく異なる動きをする傾向がある。それはまるで校庭にいる13歳の少年たちの集まりのように、絶えずお互いに挑戦し合い、友人の上を行こうと競い合っているように見える。人々は負けず嫌いで議論好きであり、他人が何をしているかに強い好奇心を持ち続ける。会議は20分遅れて始まり、より興味深い仕事を見つけたという理由で誰も現れないことすらある。こうした場所は心身ともに疲れ果てるかもしれず、時には苛烈ですらある。しかし最高の状態においては、誰も見たことがないものを作り出すという興奮に満ちた環境を生み出す。

発明の脆さ

あいにく、発明の文化は驚くほど脆くもある。マーチが説明したように、そこには「活用」へと向かう不可避の引力が存在するようだ。組織が成功を収めるにつれ、すでに機能しているものを「活用」することへの投資が自然と増えていく。その投資が「活用」をさらに効率的なものにし、それを推し進める理由を一段と強固にする。最終的に組織は既存事業の管理において極めて優秀になる一方で、「探索」の能力は次第に減退していく。この問題をカジノに例えて考えてみよう。

スロットマシンで埋め尽くされた部屋に入ったところを想像してほしい。ポケットにはコインがたくさん詰まっており、できるだけ多くの金を儲けようとしている。まずは実験から始める。1台のスロットにコインを入れ、次に別の台、さらに3台目へと試していく。中には他よりも当たりの多い台がある。やがて、特に払い戻しの良いマシンが見つかる。コインを入れれば入れるほど、リターンが増える。そこで腰を落ち着けてプレイを始める。そして、ほかのマシンを試すのをやめる。当然だろう。お気に入りのマシンにコインを入れるたびに、勝つチャンスが得られるのだから。しかし、カジノの別の場所には、2倍の払い戻しをするマシンがあるかもしれない。すでに知っている台で遊び続けている限り、それを見つけることは決してできない。時が経つにつれ、あなたは自分が座っている場所を「活用」することばかりが上達していくのだ。

多くの「発明の文化」は、それを生み出した創業者の退任を乗り越えることができない。ソニーはかつて、数年ごとに未来を発明しているかのように見えた。盛田昭夫と井深大の時代、同社はトリニトロンテレビの開発を支援し、ウォークマンを世に送り出し、フィリップスと共同でコンパクトディスク(CD)を市場にもたらした。だが時代とともに、ソニーは既存事業の管理により注力するようになった。

アップルも今日、同様の課題に直面している。スティーブ・ジョブズはiMac、iPod、iPhoneといった世界を変える発明を生み出した。ティム・クックはビジネスを飛躍的に拡大させたが、同時に人々は「アップルの次の画期的な発明はいつ現れるのか」と疑問を抱くようになった。ハードウェア部門の元トップであるジョン・ターナスをCEOに起用したことは、明るい兆しと言える。

エリオット・ヒルはその課題を理解しているようだ。ナイキに復帰した際、彼は「当社はスポーツへの執着を失っていた」と宣言した。彼が下した最も重要な決断の1つは、ターゲット層(顧客属性)ごとではなく、個別の競技(スポーツ)を中心にナイキを再編したことだ。若年男性層向けにシューズの販売増を目指すチームは、彼らの嗜好を分析し、マーケティングキャンペーンを展開することに時間を費やすだろう。一方で、マラソンランナーをより速く走らせようとするチームが解決すべき課題はまったく異なる。前者のチームはシューズを売るのが上手くなる。後者のチームは、アルファフライのようなまったく新しい種類のシューズを発明するかもしれない。

再び「発明」の原点へ

もちろん、会社の組織再編は始まりにすぎない。発明の文化を再構築するには、型破りな人々が型破りなアイデアを追求できる環境を作ることが不可欠だ。すぐには収益につながらない実験の継続が認められ、単に既存製品の利益率を高めるだけでなく、製品そのものに異議を唱える人々が報われる環境でなければならない。ヒルの課題は、世界最大級の消費財ビジネスを運営し続けながら、ナイキを卓越した存在にしていた独自の能力を取り戻すことだ。

だが、それはナイキが進化すべきではないという意味ではない。世界は動き続けており、どんなに優れた独自の能力であっても、新たな課題に対応するためには新たな形で作り直す必要がある。ナイキが目指すべきは、1970年代にフィル・ナイトとビル・バウワーマンが築いた会社を再現することではない。アスリートのパフォーマンス向上を支援するという彼らの情熱を、適用する新たな方法を見つける必要がある。説得力のある方法で、勇敢な新しいストーリーを語らなければならない。クールさは後からついてくるものだ。

数年前、スイスのトライアスロン選手であるオリヴィエ・ベルンハルドは、スイス人エンジニアとともに新しいクッション技術を備えた型破りなランニングシューズを開発した。ナイキのスポンサー選手だった彼は、そのアイデアをナイキに持ち込んだ。しかし、同社は関心を示さなかった。ベルンハルドと2人のパートナーはその後「オン(On)」を創業し、同社は今やナイキにとって最も急速に成長する競合の1つとなった。ビル・バウワーマンが新しい靴底の実験を始めてから約40年後、独創的なアイデアを持つ別のアスリートは、それを実現するために他社を頼らざるを得なかったのだ。それこそがナイキが抱える問題の核心であり、我々全員に対する警鐘でもある。発明の文化に対する最大の脅威は失敗ではない。成功なのだ。

(forbes.com 原文)

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