「広告に使っているお金の半分は無駄になっている。問題は、どちらの半分かが分からないことだ」
こんな著名な警句がある。これを述べたとされるジョン・ワナメーカーは、1876年に「ワナメーカー・デパートメントストア」を開業した、米国の「近代デパートの父」と称される実業家だ。
今に至るまで、広告・マーケティング界隈では、この「わからなさ」、つまり「どの施策によって売れたのか」を可能な限り精緻に測ることが重要視されてきた。
しかし、筆者は、今新たな転換点を迎えているように感じている。「どの広告・マーケティング施策によって売れたのか」から、「それによって、どのような価値を企業に残したのか」を問うべきフェーズに入ったと考えている。
政府が推進、無形資産による企業価値向上
なぜそう考えるのかというと、「無形資産」の重要性・注目度が高まっているからだ。2026年7月、コーポレートガバナンス・コードが改訂された。設備や研究開発、人的資本、知的財産などへの成長投資を含む経営資源の配分について、具体的な実行内容を示すよう企業に求めた。続く8月、政府は「価値創造を加速する知財・無形資産投資・活用のガイダンス」で、知財・無形資産によって企業価値を向上させるために経営陣が取り組むべき課題を示した。
こうした動きの背景には、無形資産を企業価値に組み込むことで、日本企業の国際競争力を上げていこうという考えがある。2026年の知的財産戦略調査会の提言では、時価総額に占める無形資産の割合を、日経225で約50%、米国のS&P500で約90%としている。今後日本でも「無形資産」がホットワードになっていくと言えるだろう。
有形資産とは異なり、「無形資産」は、価値評価の議論の俎上に乗りにくい面がある。しかし、知的資産や人的資産、企業文化や経営管理プロセス、ブランドや顧客との関係性なども含む無形資産は、本来、企業の競争力を生み出す源泉だ。なお、ここでいう無形資産は、会計上BSに計上される無形資産よりも広いという点を補足しておく。
政府方針のうち重要なことは、無形資産がIRの開示項目として増えたといったことではない。中長期の成長力や価格決定力をどうつくるのか、そのためにどう資本を配分し、短期的には費用として利益を押し下げる投資をどれくらいの時間軸のなかで評価するのかが、取締役会で議論すべき要素になったということだ。
ガイダンスに登場する企業事例は示唆的だ。例えば、味の素(付属資料P4)は「ポートフォリオと資源配分および無形資産」を取締役会の重要な経営事項に組み込み、継続的な審議の対象にしている。丸井グループ(付属資料P11)は、人的資本投資が短期的にはコストとなり、時間を経て収益へ転換する過程を可視化している。いずれも、無形資産を単年度の予算項目ではなく、時間をかけて育てる投資領域として位置付けている。
しかし、広告マーケティングのキャリアを積んできた筆者からすると、まだ踏み込むべき余地があるように思われる。
技術、知財、人的資本、組織能力といった「企業側」の資本に比べて、ブランド、顧客との関係、コンテンツやナラティブといった、生活者との接点になる無形資産をどのように生み出していくかは、十分議論されていないのではないか。
そして、私たちの広告業界も、ここにフォーカスできていないのではないか?という自問自答にいたる。



