今日の労働市場において、採用慣行は現在の労働力ニーズに追いついていない。その結果、安定した雇用や、熟練技能職から急速にAI化する職場に至るまで、進化の著しい分野へ参入するのに役立つ訓練機会にアクセスできない求職者が余りにも多いのが実情だ。
古い、あるいは職務に無関係な犯罪歴があるというだけで、採用プロセスから完全にふるい落とされてしまうことがある。これは米国人の3人に1人、全米のコミュニティに暮らす実に7700万人に当てはまる現実だ。こうした隔たりは、あらゆる業種の雇用主が直面する課題を悪化させるだけでなく、求人の充足、競争力の維持、持続可能な成長の推進といった機会の損失を生んでいる。
だからこそ、より多くの企業が「セカンドチャンス採用」の価値を認識しつつある。人事担当者の圧倒的多数は現在、犯罪歴のある労働者もそうでない労働者と同等に職務を遂行できると考えており、調査によれば、こうした人材を労働市場へ呼び戻すことは再犯の抑制や経済の活性化にもつながるという。
セカンドチャンスの前に
しかし、セカンドチャンスの重要性を強調する一方で、見過ごしてはならない不都合な真実がある。それは、我々がセカンドチャンスを与えようと声を上げる人々の多くが、そもそも実のあるファーストチャンス(最初の機会)を与えられていなかったという事実だ。
米国では400万人以上の若者が学校にも通わず労働市場にも参加しておらず、これは生涯にわたる経済的不安定への道筋となりかねない現実である。こうした「オポチュニティ・ユース(機会を奪われた若者)」は、米国の16~24歳人口の12%を占め、不釣り合いに多くが有色人種の若者だ。
この国のオポチュニティ・ユースは、望んで傍観者となっているわけではない。実際、調査によれば半数以上は積極的に仕事を探している。しかし、不安定な住居、交通手段の乏しさ、少年時代の犯罪歴、子育てといった固有の生活課題が複雑に絡み合い、雇用主が採用判断の際に重視することの多い初期の就労経験を得ることを困難にしている。
若者がこうした早期の機会を逃すことは、彼らのキャリアの軌道や将来の収入可能性を損なうだけでは済まない。年齢を問わず、無職であることは刑事司法制度に関与するようになる主要なリスク要因である。言い換えれば、今日の若者から奪われている「ファーストチャンス」が、明日の「セカンドチャンス」を必要とする求職者を生み出す一因となっている可能性が高いのだ。
ファーストチャンスを提供するビジネス上の意義
だが、この軌道は不可避ではない。良い仕事(真の「ファーストチャンス」)があれば、その流れを始まる前に断ち切れる。そして雇用主たちは、こうしたキャリア経路を創出するビジネス上の意義を次第に理解し始めている。
SHRM財団の調査データによると、オポチュニティ・ユースを採用している企業は、採用していない企業に比べて人手不足を報告する割合が低い。慢性的で深刻な人手不足に直面している地域や業界において、この優位性は極めて大きい。また同調査によれば、パフォーマンス面でのトレードオフも存在しない。調査に応じた人事専門家の4分の3が、オポチュニティ・ユースの従業員の業績は他の同僚と同等以上であると回答している。
もちろん、オポチュニティ・ユースの候補者に内定を出したからといって、彼らが直面している課題が魔法のように消えるわけではない。この人材層の採用で最も大きな成功を収めている雇用主は、彼らを支援できる職場文化を育むことで成果を上げている。
これは、見習い制度やメンターシップといった社内プログラムの導入、あるいは包括的な支援サービスを提供する地域のコミュニティ組織との提携という形をとることがある。支援には、通勤のための交通手段や就労中の保育、さらには幅広い専門スキル研修の機会などが含まれる。特筆すべきは、地域のコミュニティ組織と提携している雇用主の96%がポジティブな成果を得ていると報告している点だ。
ファーストチャンスがもたらす広範な意義
セカンドチャンス採用と同様に、オポチュニティ・ユースを雇用するメリットは個々の労働者や企業にとどまらない。若年層の雇用プログラムが暴力的犯罪を大幅に減少させることが実証されており、この取り組みの拡大には公共の安全という観点からも強い根拠が存在する。同様にマクロ経済の観点においても、彼らを就職させることは地域の購買力を高め、税収基盤を拡大することで、経済全体の追い風となる。
セカンドチャンスの機会は社会にとってウィンウィンである。しかし、私たちが忘れてはならないのは、ファーストチャンスもまた同じだということだ。その両方に投資する雇用主は、長らく待ち望まれてきた機会を何百万人もの人々に生み出すと同時に、自社に競争優位をもたらしている。
したがって、ビジネス界はセカンドチャンスの推進における自らの役割を考えるだけでなく、自社の採用慣行がそれを不要で過去のものにするうえで、どのように役立つのかも考えるべきである。最終的に、それこそが私たちの目標であるべきだ。



