小売業者は現在、閲覧履歴、購入履歴、クリックを取りやめた商品に至るまでを追跡し、かつてないほど顧客についての詳細な情報を把握している。人工知能(AI)を活用して顧客が次に何を欲しがるかを割り出し、情報を収益に変えるために莫大な資金を投じている。
しかし、予期せぬ事態が起きている。小売業者が顧客に購入を促す技術を洗練させる一方で、消費者はオンラインで提示・説明される内容や、購入先の企業を信頼できるかどうかに対して、ますます懐疑的になっているのだ。
消費者は、割引が本物なのか、製品にそれだけの価値があるのか、そしてその購入が自分を幸せにしてくれるのかを疑問視している。小売業者が高度化すればするほど、消費者は「誰が得をしているのか」と疑問を抱くようになる。
この影響は絶大であり、特に模倣品やコモディティ化した代替品よりも自社製品に大幅に高い価値があると消費者を説得することにビジネスが依存している高級ブランドにとっては深刻だ。
消費者は小売業者を信じていない
不信感を示す証拠は現実にある。
オムニ・カルキュレーター(Omni Calculator)による調査によると、回答者の85%が、セール前に価格を引き上げて割引をアピールしたり、実際にはその価格で販売されたことがない「元値」を提示したりするような、何らかの価格操作の手口を小売業者が使っていると考えている。
58%は、広告されているブラックフライデーのセールの多くが、本当の意味での節約にはなっていないと考えている。
消費者の認識が正しいかどうかにかかわらず、小売業者がごまかしを行っていると前提する買い物客は、販売者を信頼している消費者とは異なる姿勢で取引に臨む。
マクドナルドやウォルマートは現在、テクノロジーや顧客情報の不当な利用に対する懸念に対し、自社の価格設定方針を擁護せざるを得ない状況に追い込まれている。両社とも疑惑を否定している。ウォルマートは個人情報を使用して特定の顧客に高い価格を請求することはないとし、マクドナルドはフランチャイズ加盟店が各自で価格を決定していると説明している。
しかし、その根底にある消費者心理は明らかだ。アメリカ人の80%は、企業が利益を増やすために必要以上に値上げを行ったと考えている。企業が責任を持ってAIを使用していると少しでも信頼している人はわずか27%にとどまる。
小売業者は効率性と収益性を高めるためにテクノロジーを使用しているのに対し、消費者はそれを不当な利益を得るための手段とみなしている。私たちは今、そのような局面に立たされている。
これは深刻な隔たりだ。
買わせることは、価値を創造することとは異なる
問題は不信感だけではない。
消費者の後悔が、小売業界において無視できない底流となりつつある。
オムニの調査によると、回答者の34%が、安かったという理由で不要なブラックフライデーの購入をしたことがあると回答した。
小売業者はコンバージョン率、平均注文額、顧客獲得コスト、購入頻度を測定している。しかし、顧客が6カ月後にその購入に満足しているかを測ることは、はるかに見えにくい指標である。
取引を生み出すことに長けていることが、必ずしも満足度の高い顧客につながるわけではない。不信感の時代において、満足感を得ることはより困難になっている。話がうますぎる割引であれ、購入後に失望する製品であれ、問題は同じだ。消費者が期待するものと、実際に手にするものとの間のギャップである。
このことが、ラグジュアリー業界で起きている現象の一部を説明しているかもしれない。
ラグジュアリー業界が最初に直面する課題
ラグジュアリー業界のアナリストであるクレア・ケントは、ラグジュアリー層の顧客が変化したと指摘する。消費者は高額ブランドに伴うステータスだけでなく、意味や本物であること、価値をますます求めるようになっているという。
しかし彼女によれば、高級ブランドは、ブランドの魅力が今なお事実上無制限の価格決定権を与えてくれているかのように振る舞っているという。
ケントは、20年前には1000ドル(約15万円)〜1100ドル(約17万円)だった高級ハンドバッグが、現在では4000ドル(約63万円)〜5000ドル(約78万円)になっていることもあると指摘する。消費者は、それらの製品が価格に見合っているかどうかをますます疑問視するようになっている。
ケントはベイン・アンド・カンパニーの試算を引き合いに出し、高級品業界が2022年以降、6000万〜7000万人の憧れ層の顧客を失ったと述べる。ヴィンテージ品や手頃な価格のコンテンポラリーブランドに移行した顧客もいれば、体験にお金を使いたいと考える顧客もいる。
ラグジュアリー企業は超富裕層だけに依存することはできず、憧れ層の顧客を必要としているため、この結果は深刻だ。
しかし、消費者の懸念に直結する別の問題もある。ケントによると、高級ブランドによるアルゴリズム、マーケティングデータ、有名人を起用したプロモーションの多用は、創造性や独自性を損なっており、急激な値上げによって消費者は得られる価値に疑問を抱くようになっているという。
彼女はまた、高級ブランドが過去に成功した製品のリバイバルを好む傾向があり、それがマーケティングの強化につながる一方で、真に新しく、創造的で、特別な感じがする商品が減少しているとも指摘する。
ソフトウェアは、消費者が昨日好んだものを正確に特定することはできる。だが、消費者が明日愛することになる本当に独創的なものを想像する力は、そこまで高くない。
これにより、認知される価値の向上を伴わない価格の上昇という、危険な組み合わせが生まれている。
情報の優位性は消費者側へ
もう一つの重要な展開が、これらのトレンドすべてを結びつけている。
何十年もの間、小売業者は製品や消費者に関して膨大な情報を保有していた。実際の製品コスト、在庫レベルや場所、競合他社の状況、顧客の履歴、好み、属性データといった情報により、小売業者は特定の消費者をターゲティングする能力を得ていた。
現在、テクノロジーによって知識の優位性は消費者側にシフトしつつある。AIは、小売業者が説得力を高めるのに役立つのと同じくらい、消費者が小売業者の説得に対抗するのを助ける上でも重要になるかもしれない。
買い物客は過去の価格履歴を検索し、競合製品を比較し、レビューを読み、製造工程を調査し、再販売価格を評価することができる。AIアシスタントの普及に伴い、こうした行動はより速く、容易に、頻繁に行われるようになるだろう。
オムニの調査によると、回答者の59%がブラックフライデーの買い物の少なくとも1つの作業にAIチャットボットを使用する予定だと回答している。
小売業者をより洗練させるのと同じテクノロジーが、消費者にもより豊かな情報を提供しており、小売業者が何十年も享受してきた情報の優位性を揺るがす可能性がある。
未来の姿とは
だからといって、消費者が不要なものを買うのをやめるわけではない。欲望、利便性、ステータス、感情は、今後も小売業界において強力な原動力であり続ける。
しかし、小売における根幹の前提のいくつかは、再考され適応していく必要がある。
企業は顧客の信頼を得ることなく、購買へと説得することができる。価値を高めることなく価格を上げることもできる。飛び抜けた製品を作ることなく、絶大なマーケティング上の注目を集めることもできる。
そして、顧客が後に後悔するような利益の出る販売を行うこともできる。これは、短期思考と長期思考の対立を示す典型的な例だ。
高級ブランド企業にとっての答えは、独創性、職人技、品質、そして永続的な魅力を持つ製品という、最も困難な仕事により重点を置くことにあるかもしれない。一般の小売業者にとっては、透明性のある価格設定、信頼できるプロモーション、そして一貫して満足を提供する製品が、ますます重要な競争上の優位性となる可能性がある。
より大きな好機は、長期的な成功とは何かを再考することだ。
人間は、自らが測定するものにおいて成果を出そうとする習性がある。したがって、評価基準を変えることは、小売業者の行動に大きな影響を与える。
次の競争上の優位性は、購入から数カ月、あるいは数年経った後に、消費者が「買ってよかった」と満足するものが何であるかを理解することから生まれるかもしれない。
そのためには従来とは異なる関係性が必要となる。そこでの小売業者の目的は、単に取引を成立させることではなく、取引が完了した後も長きにわたって顧客の信頼を獲得し続けることだ。
どれだけ売れるかを測定することに慣れ親しんできた業界にとって、未来は消費者が「購入した製品には買う価値があった」と信じられるかどうかに、ますます依存するようになるのかもしれない。



