サプライチェーンは元来確率的なものだった──ついにAIが追いつく
先日、3社のトラック運送会社のCEOが私にこう語った。自社の車両が生成するテレマティクス・データのうち、実際に活用しているのはおよそ20%に過ぎないと。20年にわたりトレーラー、トラック、倉庫に配線を張り巡らせてきたのに、センサーが捕捉するデータの5分の4は集められるだけで一度も使われていない。
配送センターでアイドリング状態のトラックを映すコントロールセンターのダッシュボードを思い浮かべてほしい。配送時間枠は迫り、燃料コストは膨らんでいく。システムは遅延を知らせるが、その理由は説明できない。天候のせいか、整備上の問題か。あるいは、電話を取り損ねたとか、どこかで起きたトラブルがシステムに反映されなかったといった、もっとありふれた原因かもしれない。
これを何千もの出荷、何十もの取引先、互いに連携しないシステムを横断して何倍にも広げてみてほしい。それがサプライチェーンの姿である。決して直線的に収束しない、混沌とした動く標的なのだ。
解かれることのなかった課題
ERP(企業資源計画)ツールは、物事がもっと中央集権的だった時代に構造を与えてくれた。次に計画エンジンが登場し、需給を数式に落とし込んだ。ワークフローツールは手順を自動化し、予測分析はデータパターンを特定した。それらはいずれも役に立ったが、状況が複雑になった途端に機能しなくなった。サプライチェーンは地理、企業、必ずしも一致しないインセンティブをまたいで広がっているからだ。計画は変わり、情報は遅れて届く。
そこで私たちはさらにシステムとダッシュボードを積み重ねて対処してきた。今日、主要なプラットフォーム——ERP、計画スイート、そして今やTMSベンダー——はすべて、自社アプリケーション内に計画・調達・配車・履行用のAIエージェントを組み込んで出荷している。それぞれが自社システムを賢くするが、トレーラーの警報が鳴る午後11時に配車担当者が必要とするものを考えてみてほしい。アラートはテレマティクスに、荷物の価値は輸送システムに、ドライバーの労働時間はコンプライアンスソフトに、最後の整備フラグはメンテナンスシステムに、顧客の受領拒否ポリシーはメールの中にある。この意思決定を単独で担うアプリケーションはない。人が電話で、数分のうちにそれらをつなぎ合わせるのだ。いずれかのシステム内のエージェントは、他の4つを見ることができない。
何が変わりつつあるのか
今、違っているのは、私たちが何を運用に組み込もうとしているかである。昨年、あるグローバルメーカーでそれを目にした。合併から数カ月後のことだった。2つのERP、十数件を超える計画インスタンス、経営陣が必要とする情報の大半を保持するデータレイク、そして残りを抱える事業部門ごとの30のスプレッドシート。ある上級オペレーターがネットワークの処理能力について尋ねたとき、答えは存在していた。ただし、それは7カ所に分散しており、計画チームがまとめるには数週間を要した。取締役会はそれを水曜日までに求めていた。
まずデータを整えるべきだというのが直感的な反応だ。しかし30年間、誰もそれを成し遂げていない。今日、AIがあれば、それらのシグナルをありのまま受け取り、意味を見いだせる程度の時間だけまとめ上げ、物事が動いている最中に行動できる。
「3分間」の現実
500台のトラックと800台のトレーラーを保有し、そのすべてにセンサーを備えた冷蔵貨物事業者を考えてみよう。日曜の夜、彼の電話が鳴る。ペンシルベニア州で、20万ドル(約3140万円)相当のチーズを積んだトレーラーに温度のずれが出ているという。配車担当者は2時間前に警告を見ていたが、すぐにはエスカレーションしなかった。システムは1日に数百件の警告を出し、その大半は取るに足らないものだからだ。彼には15年分のデータがあり、判断に使える時間は3分しかない。その時間内では、データは彼の助けにならない。
現場が知っていることと、実際に活用できることのあいだにあるこの隔たりこそが、問題のすべてである。テクノロジーは動いている最中に機能しなければならない。何かが逸脱した瞬間に崩れ落ちることなく、曖昧さを扱えなければならない。
スタックは「システム全体」ではない
店舗直送を行う飲料ボトラーでは、毎朝、何千ものパレットやクレートが構内を出ていき、店舗の裏口を越えた瞬間に見えなくなる。業務責任者は、現場にどれだけの数があるかは把握できる。しかし、どの店舗が1カ月分を抱え込んでいるのか、どのルートで資産が流出しているのかは見えない。パレットジャックのリーダーが各資産の出入りを記録し、データはようやく存在するようになった。欠けていたのは、ルートが動いている最中に、それらを横断して推論できるものだった。
システムがなくなるわけではない。システムは、業務の大半に必要な、信頼できるルールベースの層であり続ける。ただし、何かを解明するために向かう場所ではなくなる。新しいのは、単一の機能ではない。ルールに基づくシステム、確率論的な推論、人間の判断を1つの意思決定ループに収めることだ。業務が正確さを求めるところには精度を、不確実性が存在するところには判断を置く。配車担当者は、1つの判断のために5つの画面を行き来しなくて済むようになる。代わりにシステムがそれらを行き来し、判断を彼女のもとへ届ける。
人間が問題なのではない
自動化が人間に取って代わるという議論は多い。しかしサプライチェーンにおいて、問題はそこにあったことはない。実際、AIによる知能のコモディティ化は、人間にとって最良の出来事かもしれない。
難しかったのは常に、実際に何が起きているのかを把握することだった。物事を遅らせるのは、情報を追いかけ、システム間の整合性を取り、決して完全には現れない全体像をつなぎ合わせる作業である。その摩擦を取り除いても、判断はなお人間のものだ。ただ、そのための余地が広がるのである。
かつて私たちはソフトウェアを書き、それをサービスとして提供していた。今日では、サービスの側がソフトウェアのように振る舞う必要がある。継続的に稼働し、業務に組み込まれ、開かれるのをダッシュボードで待つのではない。明日には、私たちのエージェントは熟練したオペレーターのように推論し、学習するようになるだろう。サプライチェーンでこれが最初に現れているのは、そこがソフトウェアを機能させるのが常に最も難しい場所だったからだ。これほどの分断と不確実性のもとでここで機能するなら、その影響はそこにとどまらない。
私がここで述べたすべてのオペレーターは、使えないまま何年分ものデータを抱えていた。より難しい問いは、なぜ答えが新たなデータクリーンアップ計画ではないのかということだ。私たちはデータを新たな通貨だと語る。しかし石炭は、採掘され、磨かれなければダイヤモンドにはならない。そして大半の企業データは、ダイヤモンドというより石炭に近い。それを精錬するには何が必要なのか、そしてなぜそれがクリーンアップとは異なる問題なのか。次に問われるのはそこだ。



