過去数十年にわたり、半導体ファウンドリーモデルは従来の半導体産業を一変させた。企業は先端半導体プロセスの開発と製造に必要な巨額投資を行わずに、革新的なチップ設計を開発できるようになったためである。いまIBMと米政府は、同じモデルが新興の量子コンピューティング産業を加速できると見込んでいる。
Tirias Researchチームのメンバーは、IBM、GlobalFoundries、および量子コンピューティングのエコシステム全体にわたる企業にコンサルティングを提供してきた。
IBMが新たに設立した子会社Anderonは、米国における量子ウエハー製造の開発を加速するため、CHIPS and Science Act(CHIPS・科学法)に基づく10億ドル(約1570億円)の助成について、米商務省との合意を正式に締結した。IBMは政府の支援に合わせ、Anderonに対してさらに10億ドル(約1570億円)を投資し、知的財産、製造資産、人員も投入する。
資金以上に重要なのは、Anderonが確立しようとしている事業モデルである。IBMだけでなく外部顧客向けにも量子ウエハーを製造できる、特化型の300mmファウンドリーだ。これは、新興の量子産業における最も重要なインフラ投資の1つとなる可能性がある。
IBMの半導体専門知識を活用
Anderonは新会社だが、その背後にある製造ノウハウは新しいものではない。IBMは数十年にわたり垂直統合型の半導体メーカーとして、PC、サーバー、メインフレーム、その他のシステムで使われる多くのプロセッサーを開発・製造してきた。IBMは半導体製造と、業界で最も影響力のある半導体研究組織の1つを組み合わせていた。
IBMの半導体研究開発のレガシーには、DRAMの革新、デナードスケーリング、化学増幅型フォトレジスト、SOI(シリコン・オン・インシュレーター)技術、high-k誘電体、銅配線、先端パッケージング、最先端トランジスタアーキテクチャが含まれる。IBMはまた、先端ロジックをEUV時代へ移行させるうえでも大きな役割を果たした。2015年、IBMと研究パートナーは初の7nmテストチップを発表し、その後、ゲートオールアラウンドのナノシートトランジスタアーキテクチャに基づく5nm技術を発表した。2021年には、IBMはアルバニーで300mmウエハー上に製造した2nmノードのテストチップを発表した。業界初の成果である。今年6月、IBMは世界初の1nm未満のチップ技術であり新たなトランジスタアーキテクチャであるnanostackを発表し、指の爪ほどの大きさの空間に約1000億個のトランジスタを詰め込んだ。
こうした進展は、プロセス開発、材料科学、デバイスアーキテクチャ、リソグラフィー、配線、パッケージング、製造統合におけるIBMの強みを示すものであり、Anderonにとって特に重要である。IBMはその後、半導体製造から撤退したが、半導体研究組織は維持し、先端プロセス開発への投資を続けてきた。
Albany NanoTechの重要性
Anderonの製造戦略は、米国有数の半導体研究開発拠点であるAlbany NanoTech Complexと密接に結びつくことになる。Anderonはまったく新しい施設を建設するのではなく、専業の量子ファウンドリー事業のために、Albanyの既存の300mm施設、設備、プロセスインフラを活用する。
ニューヨーク州は、州都圏に半導体研究エコシステムを構築する取り組みの一環として、Albany NanoTech Complexを設立した。1997年の最初のクリーンルームと研究施設を出発点に、ニューヨーク州、IBM、東京エレクトロン、SUNY、その他のパートナーは同キャンパスを主要な300mm半導体研究開発・試作拠点へと拡張した。この複合施設は現在、約165万平方フィートに及び、官民合わせて250億ドル(約3兆9200億円)超の技術投資を象徴している。同キャンパスと半導体研究開発施設は、半導体研究開発のための共用インフラを提供する非営利組織NY CREATESが所有・運営している。
IBMは2000年代初頭からAlbanyの中核的な研究パートナーである。この協業キャンパスは、EUVリソグラフィー、先端配線、ナノシートトランジスタ、最先端プロセス技術、先端パッケージング、そしてその後商業製造へ移行し得るその他の技術の開発を支えてきた。その役割は、2023年に始動し、IBMと外部投資家が支援する100億ドル(約1兆5700億円)規模の官民イニシアチブにも引き継がれている。同拠点に次世代の高NA EUV研究開発能力を確立するための取り組みである。
Albany NanoTechを利用することで、Anderonは新たなファブを一から建設するのではなく、施設、設備、プロセス技術、そして確立された半導体エコシステムに対する数十年分の投資を活用できる。
IBMからAnderonへの移行
IBMは量子コンピューティング技術、特に超伝導量子プロセッサーの有力な開発企業の1つとして台頭しており、HRL Laboratoriesの買収を通じてスピン量子ビットにも進出している。IBMの量子システムがより複雑化し、同社が生産拡大を目指すなか、IBMは300mm量子ウエハー処理、ウエハーレベルの試験と評価、垂直配線、ボンディング、関連する製造サービスで、Albany NanoTechをますます活用することになる。
専業ファウンドリーとして運営されるAnderonは、こうしたIBM内部の能力を、より広範な量子エコシステム向けの商業ファウンドリーサービスへと実質的に転換する。IBMの量子コンピューティングと半導体プロセスの専門知識に、Albanyの確立された製造インフラを組み合わせることで、量子ファウンドリーをゼロから立ち上げる際の技術的リスクと資本リスクは大幅に低減される。ただし、Anderonはなお、ファウンドリーパートナーとしての信頼を築く必要がある。
量子プロセッサーの製造要件は、先端CPU、GPU、AIアクセラレーターとは大きく異なる。従来型プロセッサーは極めて微細なトランジスタ形状と膨大なトランジスタ密度を重視する一方、量子プロセッサーでは材料、超伝導構造、デバイスの一貫性、配線、パッケージングがより重視される。Anderonは当初、超伝導量子ビット向けウエハーと、量子プロセッサー周辺で使われるI/Oおよび読み出し回路を支援し、将来的には追加の量子方式にも対応する。
Tiriasの見解
量子産業は重要な転換期に入っている。過去10年にわたり、業界の関心の多くが量子ビット数、コヒーレンス、ゲート忠実度、誤り訂正、競合する量子方式に向けられてきたのは当然である。これらは今なお根本的な課題だ。しかし量子システムが大型化し、高度化するにつれて、製造がもう1つの大きな制約になりつつある。
すべての量子企業が実質的に自社の製造インフラを考案しなければならないのであれば、量子コンピューティングは大規模な商業産業にはなり得ない。Anderonはそのボトルネックを打破する試みである。
Anderonは、IBMの量子および半導体プロセスの専門知識と、確立された300mm製造環境を組み合わせている。複数の量子企業に対応する再現性の高い製造プロセスを確立できれば、小規模な開発企業はウエハー製造ではなく、量子アーキテクチャ、システム、ソフトウェアにより多くの資本とエンジニアリングリソースを振り向けられるようになる。
Anderonは量子プロセッサー向けでは2社目の商業ファウンドリーであり、半導体ベースのプロセッサーに注力する唯一の企業である。もう1社の商業量子ファウンドリーであるGlobalFoundriesは、現在フォトニックプロセッサーに注力している。
大きな不確実性は残る。量子コンピューティングはなお新興技術であり、勝者となるアーキテクチャはまだ決まっておらず、商業規模も小さい。しかし、独立系半導体ファウンドリーの台頭がファブレス半導体産業の創出を後押ししたのと同様に、特化型の量子ファウンドリーは、いずれはるかに広範なファブレス量子産業の創出を支える可能性がある。



