長年、私の講演で使用するスライドの中に、大手百貨店4チェーンの既存店売上高の四半期推移を示したものがあった。シアーズ、メイシーズ、コールズの3社がゼロ付近で推移する中、1つのラインだけが断崖絶壁を急降下している。それが2012年のJ.C.ペニーだ。当時、同社の既存店売上高は3四半期連続で18.9%減、21.7%減、26.1%減という破滅的な落ち込みを記録した。
私の説明は単純だった。最高経営責任者(CEO)のロン・ジョンソンが、J.C.ペニーの恒常的なセールやクーポンを「エブリデイ・ロープライス(毎日低価格)」に置き換えた際、顧客から緊急性を奪ってしまったのだ。買い手には、セール期間が終わる前に店へ急ぐ理由がなくなった。動機がなければ、行動も生まれない。筆者が提唱する「説得のスライド(Persuasion Slide)」のフレームワークで言えば、締め切りの喪失によって傾斜が平坦になってしまったのだ。購買障壁を乗り越えてコンバージョンに至るための動機づけが、顧客にとって弱すぎたのである。
ジョンソンの見方は異なる。彼とこの件について議論する機会が得られるとは思いもしなかったが、最近、著書『Shop Different』を巡る対談に彼を迎えることができた。その中で彼は、アップルストアがいかにザ・リッツ・カールトンをモデルにしたかなどを説明してくれた。筆者がJ.C.ペニーに関する自説を尋ねると、彼は礼儀正しくもそれに異論を唱えた。
当事者の視点
ジョンソンの主張は、「緊急性」など最初から存在しなかったというものだ。彼の説明によれば、J.C.ペニーではほぼすべての商品が平均約60%引きという割引価格で販売されていた。「明日まで待てば65%引きになるかもしれない」と彼は語る。彼の目には「値札の信頼性が失われていた」と映り、絶え間ないプロモーションは莫大なコストを生んでいた。
彼の指摘にも一理ある。毎週のようにセールが開催されれば、買い手は定価を気にとめなくなる。
ジョンソンはまた、最も後悔している見誤りについても語った。J.C.ペニーのコア顧客の多くは、クーポンを切り抜くことで家族に貢献していると感じていたという。新しい「毎日低価格」の値段自体は十分に安かったが、その達成感を奪ってしまったのだ。シカゴ大学の経済学者リチャード・セイラーはこれを「取引効用(transaction utility)」と呼ぶ。商品そのものの価値とは別に、「掘り出し物を手に入れた」という満足感のことだ。これこそが、従来のアンケートやグループインタビューではなかなか見えてこない洞察である。
スピードも問題だった。ジョンソンは2011年11月に着任し、わずか約3カ月後に新しい価格体系を導入した。店舗スタッフがそれを顧客に説明する時間はなかった。「もっと時間をかけて進めていれば、成功する可能性は高かったと思う」と彼は振り返る。
就任から1年半に満たない2013年4月、取締役会はジョンソンを更迭した。売上高の急激な落ち込みが決定打となったのは間違いない。しかし、短い在任期間では、計画を完全に実行・調整し、顧客の長期的な反応を見極めるだけの時間が足りなかった。
繰り返される「締め切り」は効果を発揮する
ここが筆者と彼の意見が依然として分かれる部分だ。締め切りが効果を持つために、それが二度とない特別な機会である必要はない。買い手は次のセールがまた来ると知っていても、「日曜日まで有効」なクーポンがあれば、日曜日までに店へと足を運ぶのだ。
ピッツバーグ大学のJ・ジェフリー・インマン教授とテキサス大学オースティン校のリー・マカリスター教授が1994年に行ったスパゲッティソースのクーポンに関する研究では、クーポンの利用率が有効期限の直前に再び急増することが判明した。研究者らはこの駆け込み需要について、お得な機会を逃したくないという買い手の「後悔回避」の心理によるものだと分析している。
旅行予約サイトの例は身近だろう。「この価格での空室は残り1室」と予約ページに表示される。旅慣れた旅行者は、予約が完了すれば同等の価格で別の客室が表示されるかもしれないと感づいている。しかし、ブッキング・ドットコム(Booking.com)のようなサイトは高度なテストや分析で知られる。もしこのメッセージが予約件数の増加に寄与していなければ、使い続けるはずがない。
J.C.ペニー自身の業績データも同じ事実を物語っている。2013年2月、ジョンソンはセールとクーポンの復活を発表した。「顧客はセールを好むということが分かった」と彼はアナリストに語り、「時には、クーポンを熱烈に買い求めることもある」と認めた。彼の退任後、CEOに復帰したマイク・ウルマンは、締め切りやクーポンコードを前面に押し出したプロモーション主導の販促スケジュールへと回帰した。
既存店売上高は再び増加に転じた。しかし、売上高が2012年以前の水準に戻ることはなく、パンデミックに伴う店舗閉鎖が実店舗型小売業を直撃したことで、J.C.ペニーは2020年に連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請した。もっとも、圧迫されていたのは伝統的な百貨店全般である。ロード・アンド・テイラーは同年、シアーズはその2年前に倒産している。かつての宿敵シアーズとは異なり、J.C.ペニーは再建を果たし、全米で600店舗以上を営業している。
「緊急性」が線引きを超えるとき
ロバート・チャルディーニが提唱する「影響力の武器」の一つである「希少性」から生じる緊急性は、強力な動機づけとなる。ただし、それは倫理的に使用されなければならない。「日曜日終了」のセールは、月曜日に新しいセールが始まるとしても誠実なものだ。
だが、事実ではないにもかかわらず「残り1室」と顧客に告げるのは別問題である。2019年、英競争・市場庁(CMA)は、ブッキング・ドットコムやエクスペディアなど6つの予約サイトに対し、残室数に関する紛らわしい表示をはじめとする威圧的な販売手法の停止を約定させた。2022年には、米連邦取引委員会(FTC)のスタッフレポートが、偽のカウントダウンタイマーや虚偽の希少性表示を欺瞞的なデザイン手法(ダークパターン)として指弾している。
捏造された希少性であっても、短期的には顧客を動かすことができるかもしれない。しかし長期的に見れば、誠実な締め切りと透明性のあるオファーを提示するほうが、ブランドにとってプラスになる。
同時に失われた2つの心理的報酬
ジョンソンと筆者の意見が一致しているのは、J.C.ペニーの問題が心理的なものだった点だ。価格は安かったが、買い手は「締め切りによる動機づけ」と「お得な買い物をしたという満足感」という2つの心理的報酬を同時に失ってしまったのだ。
マーケターにとっての教訓は、ある施策を廃止する前に、それが顧客にどのような心理的効果をもたらしていたかを理解することだ。損益計算書(P&L)の上では、クーポンは利益率を削る存在にすぎない。しかし、それを手にしている買い手にとっては、今日店に足を運ぶ理由であり、持ち帰るべき小さな勝利なのだ。
ジョンソンは今でも、従業員の準備を整え、顧客を順応させるための時間的猶予がもっとあれば、この戦略は成功したはずだと信じている。彼の言う通りかもしれない。いくつかの明確な締め切りとお買い得品を残しながら段階的に導入していれば、顧客が新しい価格体系に慣れるまでの間、つなぎ止める理由を提供できたかもしれない。



