2019年4月、トリトン・サブマリンズ社が製造した潜水艇「DSVリミティング・ファクター」は、人類史上最深となる約3万5800フィートの深さまで潜航した。同艇が到達したのは、知られている海洋の最深部であるチャレンジャー海淵の海底だ。エベレストの標高を上回る深さ、約7マイル下への到達は目覚ましい偉業である。しかし、米海洋大気庁(NOAA)の2026年4月のデータによると、海底の70%以上が依然として高解像度のマッピングが行われていないという事実に気づくまでは、の話だ。
言うは易く行うは難し。エンジニアはまず、最深部で水面上の大気圧の1000倍以上に達する莫大な圧力に耐えうる未来の探査艇を設計できなければならない。
海洋は、人類が征服を望むフロンティアの「1つ」にすぎない。宇宙もまたその1つだ。いずれの目標を達成するにも、まずは極限環境に耐えうる物理システムが必要となる。エンジニアは、人間や船舶、機械を危険にさらす前に、危険または極端な物理環境でシステムがどう振る舞うかを把握するため、シミュレーションやデジタルツインの活用を増やしている。「デジタルツインとは、物理的な物体、人、システム、またはプロセスを、その環境のデジタル版の中に位置づけたデジタル複製である」とMcKinsey.comは説明する。「デジタルツインは、多様な組織が現実の状況とその結果をシミュレートするのを支援し、最終的によりよい意思決定を可能にする」
言い換えれば、シミュレーションやデジタルツインの開発は、人類がこれまで到達したことのない場所へ大胆に進む助けとなる。だが、シミュレーションツールが、20世紀の米国のように、先端製品を国内でつくることに改めて重点を置き、米国が再び「つくる」ことを可能にするとしたらどうだろうか。
これこそが、マーシャ・ペトロバが筆者に語った可能性だ。「シミュレーションはある種の隠れた領域ですが、私たちが再び製造を行うためには不可欠です。その作業がなければ何も起こりません。あるいは時代遅れのものを作り続け、イノベーションは起こりません」。ペトロバは、ミッションクリティカルな無線周波数(RF)および量子コンピューティング用途向けの次世代電磁界シミュレーションソフトウェアを開発するディープテック企業NullspaceのCEOを務めている。
米国のモノづくり再興という野望に目を向けると、国家的な野望を阻みかねない現実的な問題が潜んでいる。それは人材不足だ。「米国では毎年約40万人の新たなエンジニアが必要となる」と、ボストン コンサルティング グループ(BCG)はSAEインターナショナルと共同で実施した2023年の分析の中で説明している。「しかし、そうしたエンジニアに求められる次世代のスキルセットは著しく不足しており、少なくとも2030年まで、エンジニア職のほぼ3分の1が毎年埋まらないままになるという憂慮すべき可能性がある」
企業が適切なスキルを持つ人材の確保に苦戦する一方で、エンジニアが設計・製造しなければならないシステムは、ますます複雑化している。その実態を理解するには、アンテナを考えるとよい。多くの人がアンテナについて思い浮かべるとすれば、古いテレビの上にあった室内アンテナだろう。しかし現在、アンテナはスマートフォン、自動車、ノートパソコン、サーモスタット、防犯システムの内部に組み込まれている。「いまや宇宙には衛星があり、戦場にはドローンがあり、高度な通信もあります。設計上の課題は増えています」とペトロバは言う。「こうしたあらゆるアンテナで動くシステムをつくるには、長年かけて培われる専門的なエンジニアリング知識が必要です。新卒者を一夜にして専門家にすることはできませんが、より少人数のチームに力を与える、よりよいエンジニアリングツールを設計することはできます」
ペトロバは、物理的なプロトタイプを製作する前にシミュレーションを行う研究開発(R&D)プロセスについて説明する。身近な例えとして、外食チェーン店が挙げられる。客が注文するかどうか分からない段階で、全2000店舗で新しいバーベキューチキンサンドイッチの販売を決定するのではなく、経営陣はより慎重なアプローチを選択するかもしれない。全国の5店舗でテスト展開し、需要を見極めるのだ。このようにテストの規模を限定することで、仮に商品が不発に終わっても、多額の費用や時間を無駄にせずに済む。
Nullspaceのデジタルシミュレーションソフトウェアは、エンジニアが実物を製造・テストする前に、アンテナやレーダーシステムがどのように動作し、周囲の環境と相互作用するかを予測することを可能にする。具体的な事例として、ペトロバは同社が日本の大手メーカーと協力していることを明かした。この顧客は以前、別のシミュレーションツールを使用して衛星アンテナの性能をモデリングするのに6時間を要していた。しかしNullspaceを導入したことで、結果の精度を落とすことなく、そのシミュレーション時間をわずか2分に縮小した。
AIはシミュレーションのワークフローをさらに加速させ、チームを拡大することなく、エンジニアが複雑化する設計に取り組むのを支援できる。「AIはワークフローを大幅に高速化できます」とペトロバは筆者に語った。「例えば、AIエージェントはシミュレーションの設定、設計パラメーターの変更、バリエーションの作成、そしてエンジニアが確認するための結果の整理を支援できます。シミュレーションソフトウェアが物理計算を処理する一方で、出力された答えが実際に妥当かどうかを判断する責任は、人間のエンジニアに残ります」
AI時代において貴重な人材の能力をより引き出すというテーマについては、筆者も最近Forbesの記事で、人手不足のチームを支援するエージェント型AIについて取り上げた。ドローンや防衛システム向けのジェットエンジンを製造するBeehive Industriesという別の企業は、エンジニアリングチームのあり方そのものを再考しようとしている。ばらばらの部品、工場、サプライヤーからなる時代遅れのエコシステムや長年の開発期間に依存するのではなく、製造方法そのものから見直し、「がむしゃらに働くのではなくスマートに働く」ことを目指している。Beehiveによると、同社が販売するすべてのエンジンの構成部品の90%以上が3Dプリンティングを用いて作られており、設計、機械加工、組み立て、テストまでを社内で完結させている。「さらに重要なのは、(3Dプリンティングによって)エンジンの設計、テスト、配備に必要な時間を短縮し、製造コストを最小限に抑えられる点だ。これは米国軍が直面している課題であり、特に安価なドローンを撃墜するために高額なミサイルを使用せざるを得ないケースなどで顕著だ」とTom’s Hardwareは説明している。
このアプローチは結実しつつある。「米空軍は、ドローンや弾薬の動力を想定した新しい使い捨てジェットエンジンの開発を完了させるため、エンジンスタートアップのBeehive Industriesと2970万ドル(約46億9000万円)の契約を締結した」と、Air & Space Forces Magazineの2026年4月の報道は伝えている。この進展について、同社CEOのモハンマド・エテシャミは筆者にこう語った。「私たちはより多くのエンジニアを必要としているが、同時に、すでに持っている専門知識の無駄遣いをやめる必要がある。経験豊富なエンジニアは、時代遅れのプロセスの回避策に時間を費やすのではなく、設計上の問題の解決に専念すべきだ」
「構築する前にシミュレーションする」というペトロバのアプローチと、より効率的なプロセスによって優れた成果を追求するエテシャミの取り組みの双方を振り返ると、米国がエンジニアリングにおける主導権をいかに取り戻せるかが見えてくる。静かな海底の地図を描く次世代の探査艇の開発であれ、宇宙を周回する宇宙船であれ、あるいは自国を守るためのより多くのジェット機であれ、その解決策は「人間の独創性」と「より優れたツール」を組み合わせることだ。よりスマートなサプライチェーンに支えられ、設計からテストまでの迅速なルートをチームに提供することで、人間が達成できる可能性を拡張することができる。それこそが、今日の米国のエンジニアリングの潜在能力を、明日の勝利という現実へと変える方法なのだ。



